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2016年大晦日 コバケン ベートーヴェン全交響曲演奏会 [音楽]

2016年大晦日。東京文化会館でベートーヴェンの全交響曲演奏会を聴く。

指揮は小林研一郎、管弦楽は岩城宏之メモリアルオーケストラ

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13時に始まり、第9番「合唱」が終わったのは23時50分頃に終わったので、年越し演奏会ということではなかった。

昨年の大晦日は、モルゴーア・クァルテットのショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全曲を聴いたのだから、こういうのが好きなんだな、私は。音楽鑑賞という面からいうと、緊張感が持続するわけがないので、途中から何となく聞き流すということになる。演奏会としてはややおかしい。ギネスブックに記録されたいという動機と同じだろう。

13時に第1番の演奏が始まる。冒頭を聴いた時、これはイケると思った。岩城宏之メモリアル・オーケストラは厚みのある音を出す。コンサートマスターはNHK交響楽団のコンサートマスターの篠崎史紀である。優秀なメンバーを揃えている。

特徴としては、女性奏者が少なく、若手・中堅が主体だった。スタミナを考えれば、こういう選抜になるだろう。

コバケンの指揮は、たっぷりとしたものでテンポも遅め。今風の速めのスタイリッシュな演奏とは異なり、昔懐かしいベートーヴェンだった。こういう演奏スタイルは、オーケストラがよくないと腰折れしてしまうが、オケが優秀だったので全曲、重戦車のような響きを出して盛り上げた。

これでチケット代金が15000円とは安すぎる。先日、27日に聴いたブロムシュテット=N響のチケット代は17000円だったのだから。チケット代が安い理由は協賛企業が多数あったからで、普通に考えれば、4,5万円のチケット代になるはずである。

プログラムの進行表を記しておく。

第1番、第2番 13時~14時10分。

(休憩40分)

第3番 開始14時50分。開始時間はあらかじめ決められていて、前の曲の終了時間に影響されない。したがって、休憩30分という決め方はしていない。これは当然で、途中から聴く人もいるわけだから、開始時間が動いてはまずい。

ちなみに、この演奏会ではほとんどの人は最初から最後まで聴きとおした。

第3番「英雄」は有名だが、私はあまり好まない。聴くとすれば第1楽章だけ。第2楽章がだれて退屈するからだ。この日の演奏でも同じで、こちらがスタミナ切れで、ボンヤリと聴く羽目になった。

第4番との間に短い、20分程度の休憩があった。開始16時5分。

第4番はリズミカルな演奏が好きだが、コバケンはそうはいかない。重苦しい演奏になったと聴こえた。頭のボンヤリ状態は続く。

第4番の演奏終了後、企画者の三枝成彰の15分程度のトークがあった。その後に30分ぐらいの休憩があったのでコーヒーを飲んで気合を入れる。外を歩く。

東京文化会館の周辺はイルミネーションが輝いていた。

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イルミネーションの桜並木を歩く。

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第5番の開始が17時40分。第5、第6と連続して演奏された。曲が曲だけにボンヤリ状態を抜け出した。オケの音が見事だった。

コバケンの指揮は、時折、長い間合いを入れるのが特徴か。指揮ぶりはお世辞にも美しいとは言えない。正確なバトンテクニックとは程遠い。情緒的な指揮ぶりである。

19時過ぎに演奏が終わり、ここで夕食休憩になった。次の第7の開始は20時40分である。上野駅周辺の食事場所は大混雑する。予想していたことなので御徒町の店まで歩き夕食をとる。

20時頃のアメ横。さすがにこの時間になると人は少なくなった。

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上野のネオンはまだ輝かしい。

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不忍池弁天堂。初詣前の静けさ。

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五條天神社。

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20時40分から第7番、第8番と連続演奏された。

第7番は好きな曲で、大体この曲の駄演を聴いたことがない。最後は興奮して終わる。逆にどうやったらダメな演奏になるかと考えてしまう。よっぽど、オケの呂律が回らなくなって音が乱れに乱れれば駄演になるのだろうが、プロのオケでは考えられない。

コバケンの演奏は恰幅のいいものだった。第8は水準作。

終了したのが21時50分。またまた50分の休憩だが、外を出歩く気にもなれず、椅子に座り込んでいた。

第9番「合唱」は22時40分スタート。演奏のボルテージが下がるのではないかと危惧したが、杞憂だった。市原愛(ソプラノ)山下牧子(アルト)笛田博昭(テノール)青戸知(バリトン)、武蔵野合唱団。テノールの声が朗々として印象的だった。合唱も優れていた。

演奏終了が23時50分頃。拍手している間に時間が過ぎたが、まだ0時前なのにコバケンは「あけましておめでとうございます」という。間違えたのだが、わざと言ったのかも。年明けの0時で散会。


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N響第9演奏会 [音楽]

NHK交響楽団のベートーヴェン交響曲第9番「合唱」の演奏会を聴く。

2016年12月27日。19時~21時。サントリーホール

指揮はヘルベルト・ブロムシュテット。合唱は東京オペラシンガーズ。独唱、シモーナ・シャトゥロヴァ(ソプラノ)エリーザベト・クールマン(メゾ・ソプラノ)ホエル・プリエト(テノール)パク・ジョンミン(バス)。

前座として4曲のオルガン演奏があった。勝山雅世の独奏。

①ヨハン・セバスティアン・バッハ カンタータ「神よ、あなたに感謝をささげます」~シンフォニア

②フロール・ベーテルス コラール前奏曲「輝く暁の星の麗しさよ」

③シャルル・マリー・ヴィドール 「バッハの思い出」-「夜警の行進」

④シャルル・マリー・ヴィドール オルガンのための交響曲第5番 「トッカータ」

半分居眠りして聴く。ずいぶん不思議なプログラムを組んだものだ。

休憩ののち、第9の演奏が始まった。ブロムシュテットのベートーヴェンについてはいい印象がない。ドレスデン・シュターツカペレと組んだベートーヴェン交響曲全集のCDを聴いたことがあるが、凡庸としか言いようがない演奏だった。

トシもトシだし(89歳である。)先日聴いたブルックナーから連想して、ネトネトムッチリした指揮を予想した。

ところが、全然違った。早めのテンポでスッキリとしたものだった。

プログラムにブロムシュテットのエッセイがあるが、これによればベートーヴェンの指示に従ったものである。昔のフルトヴェングラーなどの演奏は、ベートーヴェンのテンポ指示は早すぎると思い、指示より遅いテンポで演奏したらしい。それが慣習だった。

ずいぶんと若々しく聴こえた。N響の演奏も秀逸だった。

第9ということ、やはり、キモは合唱団にかかるが、東京オペラシンガーズは優秀な合唱団で迫力満点だった。めったに聴けない部厚い合唱で、新国立劇場合唱団に並ぶと思う。あるいはそれ以上か?

独唱はバスのパク・ジョンミンが圧倒的に素晴らしく、他の3人は霞んでしまった。


タグ:第9
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2016.11.27 二期会「ナクソス島のアリアドネ」 [音楽]

リヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」については、1か月前にウィーン国立歌劇場の公演を観た。

どう違うか?

とにもかくにも、演出が大違い。どうなっているのか? 第2幕となる「オペラ」部分は理解不能。私の頭が悪いのか? 途中から演出は無視した。最後は登場人物がフリーズして、次々と倒れて死んでしまう。これはどうなっているのか? ブーイングしたいところだ。ライプツィヒではどういう反応があったのだろうか。

ヨーロッパは独創病にかかっており、何か新しいものを付け加えないと評価されないと聞いている。当たりはずれがある。今回は外れだと思う。

演出は音楽の補助だと思うが、今では主役になってしまった。考えすぎて青白くなってしまっては元も子もない。

二期会とライプツィヒ歌劇場との提携公演で、演出や大道具・小道具はライプツィヒのもの。

指揮はシモーネ・ヤングで女流指揮者。オケは東京交響楽団。演出はカロリーネ・グルーバー。

歌手は多いが、主要なところを記すと、ツェルビネッタが清野友香梨、アリアドネが田崎尚美、バッカスが菅野敦。作曲家が杉山由紀。

第2幕「オペラ」のツェルビネッタのアリアから盛り上がり、バッカスが登場してからの高揚感は素晴らしいものがあった。


(追記)

今回の公演は日生劇場だった。初めて入ったが、客席数が案外と少ない。1300席ぐらいだというがもっと小さく見える。横に40席で奥に20席だから1階は800席ぐらいだ。奥が短いので舞台が近く見える。

オープンしたのは1963年で、この時の開幕公演はベルリン・ドイツ・オペラだった。テレビ中継されたので、それを観たのは覚えている。曲はベートーヴェンの「フィデリオ」だったと思う。クリスタ・ルードウィッヒがタイトルロールを歌った。

当時はテレビもまだ真面目で頻繁にクラシック音楽を放映した。

日生劇場のフロアは大理石敷きで宮殿のような華やかさがある。クラシック音楽のコンサートは滅多に開かれないようである。ミュージカルが多い。
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2016.11.20 「ラインの黄金」 [音楽]

2016年11月20日。16時~18時40分。サントリーホールワーグナーの「ラインの黄金」を聞く(観る)。

指揮はクリスティアン・ティーレマン、管弦楽はドレスデン・シュターツカペレ。

ステージ後方の座席に小さな舞台を設置して上演した。歌手が立ったまま歌うというコンサート形式ではなかった。ともかく休憩なしで2時間40分である。腰も痛くなるが、それよりも途中から思考力も感性も麻痺して呆然と聞く羽目になった。小さな舞台だったが、第3幕は、大蛇と蛙が出てきて笑えた。

ワーグナーは独善的である。だから、気に喰わないといいたいところだが、やはり天才だからね。

先日ウィーン国立歌劇場の来日公演で見た「ワルキューレ」が「リング」の第1夜で、この「ラインの黄金」が、その前の序夜になる。「ワルキューレ」で理解しがたい箇所があり、それはこの「ラインの黄金」を観れば氷解すると思っていたが、全然わからなかった……。

この「ラインの黄金」と「ワルキューレ」がどう繋がるのか。ヴォータンとフリッカは共通するが。

音楽的には「ワルキューレ」の方が優れている。「ラインの黄金」はこなれていない。「ワルキューレ」は何度も観たくなる作品である。

ドレスデン・シュターツカペレはフル編成で、コントラバス8本、ハープも6台。舞台いっぱいに楽団員がいた。歌手は後方の舞台で歌うわけで、普通なら声が届かない。PAを使ったはずである。

オケの重量感はたいしたものだったが、粗いところもあった。

(ヴォータン)ミヒャエル・フォッレ (ドンナー)アレハンドロ・マルコ=ブールメスター
(フロー)タンセル・アクゼイベク (ローゲ)クルト・シュトライト (アルベリヒ)アルベルト・ドーメン (ミーメ)ゲアハルト・ジーゲル (ファーゾルト)ステファン・ミリング 
(ファフナー)アイン・アンガー (フリッカ)藤村実穂子 (フライア)レギーネ・ハングラー
(エルダ)クリスタ・マイヤー (ヴォークリンデ)クリスティアーネ・コール (ヴェルグンデ)サブリナ・ケーゲル (フロスヒルデ)シモーネ・シュレーダー
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2016.11.17 新国立劇場「ラ・ボエーム」 [音楽]

新国立劇場へ行く。演目は「ラ・ボエーム」。もっとも人気があるオペラの一つで、一度は観たいと思っていた。

外国人歌手が3人、他は日本人という布陣。イタリア人歌手の艶々しい声は格別で、これはもう体質的なものでイタリア人以外には真似できない。声質はともかく歌唱力という点では日本人歌手も不足はないと聞こえた。超一流歌手には及ばないにしても、欧州の普通のオペラハウスには劣らないと思う。

ミミ:アウレリア・フローリアン

ロドルフォ:ジャンルーカ・テッラノーヴァ

マルチェッロ:ファビオ・マリア・カピタヌッチ

ムゼッタ:石橋 栄美

以下、省略。

指揮:パオロ・アリヴァベーニ

演出:粟國 淳

衣装:アレッサンドロ・チャンマルーギ

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

「ラ・ボエーム」の初日で、開演時間は19時。終了したのは22時前。帰宅時間を考えるとこの終了時間はきつい。せめて18時半開演にしてもらいたかった。

新国立劇場を中の様子を知りたくてチケットを購入したものである。劇場の中は他のホールに比べると豪華で、客席もオペラが見やすいように座席は階段状になっている。前の人の頭が邪魔になることはないのがありがたい。オケのピットも広い。

1階の中央通路の前の席に座った。ここから見ると、舞台が大きい。左右が大きい、高さもある。字幕と舞台を一緒に見ることは不可能で、目が忙しくなる。

オペラの場合、指揮と管弦楽は段々と気にならなくなる。やはり、歌い手が主体である。

粟國淳の演出は、第2幕が目まぐるしい。目が回る。「ラ・ボエーム」が新国立劇場でしばしば上演されてきたが、当初からこういう演出だったようである。

大きな舞台だと歌手が小さく見える。姿が小さく見えると、声が小さく聞こえるような錯覚に陥る。オペラに熱中してくれば、こういうハンデは消えてしまうが。

ロドルフォとマルチェッロはイタリア人歌手で、ミミはルーマニア人歌手である。「フィガロ」の時は、イタリア人歌手の発声に違和感を覚えたが、プッチーニに関してはそうではない。

自分は素人なので発声法の違いについては分からない。ミミを歌ったアウレリア・フローリアンの発声法は違っているようである。輝かしく伸びるというよりは陰影がある。「フィガロ」の伯爵夫人はこの人に歌ってもらいたかった。

第4幕になると、涙目になった。これは泣けるオペラである。
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2016.11.12 さいたま芸術劇場「ミサ曲 ロ短調」 [音楽]

2016年11月12日。15時から”彩の国さいたま芸術劇場”でバッハの「ミサ曲 ロ短調」を聞く。演奏は、バッハ・コレギウム・ジャパン。指揮は鈴木雅明。

さいたま芸術劇場は大宮の南、与野本町にある。ここは住宅街である。

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芸術劇場には駅から徒歩で10分ぐらいかかる。

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ホールは、大ホール、小ホール、音楽ホールと3つある。

コンサートは音楽ホールで行われた。キャパは案外小さく、600人程度という話だった。トッパンホールよりは大きく、紀尾井ホールよりは小さい。

座席は前から3列目。前の人の頭が邪魔になる。5列目以降は階段状になっているので5列目以降がステージがよく見えるはず。

バッハの宗教曲というと、何やら厳めしく、気が重たい。日本人のほとんどはキリスト教徒ではないから、敬遠する人が多いのはもっともだ。カラヤンのCDを聞いたが、睡眠薬代わりになるばかりでまともに終わりまで聞けなかった。

鈴木雅明=バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏は欧州での評価も高い。演奏の質については安心していた。

ところで演奏時間がわからない。時計を見るのを忘れた。100分程度という記述を読んでいたので、15時開演で、途中の20分の休憩を含めると17時ごろには終了するはず。ところが駅に戻ったのが17時40分頃で、これでは計算が合わない。ピリオド演奏以前は2時間程度の演奏時間という。これなら合うが、どうだったのだろうか?

”ミサ曲 ロ短調”はバッハの最高傑作のひとつと言われている。歌詞を無視して聴いたが、飽きることなく、最後まで聴きとおせた。これは興味深い曲である。ミサ曲を初めてホールで聴いた身にはこれぐらいしか言えない。

絶対音楽なら疑問を感じないが、こういう曲になると、キリスト教徒ではないのになぜ感動するのかという疑問が起きる。日本人がミサ曲を聴く意味は何だろうか?

バッハ・コレギウム・ジャパンはヨーロッパでも評価が高い。こういうオケを生み、育てる日本というのは不思議な国である。

エマニュエル・トッドの本を読んでいたら、トッドは欧米の自由民主主義国に日本を含めている。欧米という時は日本も入ってしまうらしい。半分は納得するが残りの半分は納得しない。何といっても日本人は外観はモンゴロイドであるから。それにキリスト教徒は少ない。200万人程度で増えも減りもしない。宗教は欧米と共有していない。

日本はアジアにあらず、欧米にあらず。強みも弱みもそこにある。

帰りの電車の中で、考えることが多かった。


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2016.11.10 神奈川県民ホール「フィガロの結婚」 [音楽]

2016年11月10日。17時~21時。神奈川県民ホールでモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」を観る。ウィーン国立歌劇場の来日公演の一つで、指揮はリッカルド・ムーティだった。

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演奏はというと、元気印一杯の演奏で、これではまるでイタリア・オペラだ。フィガロは楽しいオペラだが、いくらなんでもこれでは、という気がした。陰影がなさすぎる。

例えば、伯爵夫人の2つのアリア「愛の神よ、ご覧ください」「美しい思い出はどこへ」は、声は美しく朗々と歌っていたが、苦しみも哀しみも感じることができなかった。

ムーティの統率力は大したものでオケも分厚い音を出していて、「ワルキューレ」の時よりもすごかった。(もっとも「ワルキューレ」とは別のメンバーが演奏したと思われる。)ムーティのヴェルディを聞いてみたい。

いくつか寸感。

フィガロのオケが「ワルキューレ」とは別と思ったのは、公演スケジュールにある。

6日「ワルキューレ」 9日「ワルキューレ」 10日「フィガロ」 12日「ワルキューレ」
13日「フィガロ」 15日「フィガロ」である。2編成のオケではなくては無理。

神奈川県民ホールへ行ったのは30年ぶりだが、内部はずいぶん古びてきた。3階ロビーからの夜景は素晴らしい。横浜港の風景が目の前だ。みなとみらいホールのロビーだと、パシフィコ横浜、国際会議場に阻まれて視界が悪い。

ホールの前で「チケット求む」という人がいたが、3階など半分しか埋まっていなかったのだから当日券があるはず。「ナクソス島のアリアドネ」「ワルキューレ」の時にもいたが、満席とは程遠い状態だったのだから理解に苦しむ。

スタッフ。

演出・装置 ジャン=ピエール・ポネル (ポネルは1988年に死んでいる。28年前だ。装置は昔ながらの伝統的なものだった。なぜ古い演出・装置を使用したのかという疑問がある。)

フィガロ:アレッサンドロ・ルオンゴ

スザンナ:ローザ・フェオーラ

アルマヴィーヴァ伯爵:インデブランド・ダルカンジェロ

伯爵夫人:エレオノーラ・ブラット

ケルビーノ:マルガリータ・グリシュコヴァ (☆)

マルチェリーナ:マーガレット・プラマー (☆)

バジリオ:マッテオ・ファルシェール

バルトロ:カルロ・レポーレ

バルバリーナ:イレアナ・トンカ (☆)

(☆)印以外はイタリア人歌手。


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2016.11.04 バンベルク交響楽団演奏会 [音楽]

2016年11月4日。19時~21時。東京オペラシティ・コンサートホールで、バンベルク交響楽団の演奏会を聞く。指揮はヘルベルト・ブロムシュテット。

座席は1階の15列目右側。

プログラム。

モーツァルト 交響曲第34番

ブルックナー 交響曲第7番

(プログラムは変更された。当初はベートーヴェンの「エグモント」序曲とブルックナーの第7を休憩なしに連続演奏する予定だった。)

この演奏会のチケットを購入した目的は一つ。ドイツの一流のオケで、ブルックナーを聞きたかった。これだけである。

目的は達した。

自分の感想では、ブルックナーの音楽は、ゆったり、もっさり、重い音がひたひたと押し寄せるようでなくてはいけない。

日本のオケは苦手とするところだろう。どうしても音が尖がってしまうからだ。外国のオケでも二流ならやはり難しい。

最初のモーツァルトは昔風で、遅めのたっぷりした演奏だった。これは懐かしい。

ヘルベルト・ブロムシュテットについては、レコードで聞く限り、特徴のない指揮者という印象しかなかった。悪く言えば凡庸で、ドレスデン・シュターツカペレと録音したベートーヴェン交響曲全集は、ドレスデンの美音以外は取柄がない。

ブルックナーの交響曲第7番の演奏はテンポが遅めでじっくりと聞かせた。しつこいぐらいの丁寧な指揮で、バンベルク交響楽団も腰折れすることなくサポートしていた。こういう演奏は聞いていて疲れる。このシンドサはCDではわからないかもしれない。ホールの中で拘束されていたから聞きとおせたのだ。

これだけのブルックナーを聞いたのだから心残りはない。


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2016,10.29 びわ湖ホール [音楽]

2016年10月29日(土曜日)。びわ湖ホールへ行く。琵琶湖畔にある美しいホールであるという評判は以前から知っていた。

琵琶湖周辺の観光を兼ねて出かけた。アクセスは不便だ。大津駅からだと25分ぐらい歩かなければならない。一番近い駅はおそらく京阪電車の石場駅だろう。乗り換えなければいけないのが面倒だ。

往きは、大津駅から琵琶湖へ出て湖畔を散策しながらホールへ行った。帰りは人の流れについてJRの膳所駅まで歩いた。

琵琶湖の風景は懐かしい。

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この日は北風で、琵琶湖を渡ってくる風は冷たかった。樹木も色づいていた。今年の紅葉は早いですね、と地元の人が言っていた。

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びわ湖ホールは遠くから見るとドームのように見える。

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入口。

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時間があったので展望テラスまで上がる。琵琶湖を見下ろす。

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この日の演目はプラハ国立歌劇場の「魔笛」(モーツァルト)だった。15時から始まり、17時45分に終わった。

指揮は、リハルド・ハイン。

キャスト。(ザラストロ)イヴォ・フラホヴェツ (タミーノ)アレシュ・ブリスツェイン (パミーナ)マリエ・ファイトヴァー (夜の女王)ヴァッシリキ・カラヤンニ (パパゲーノ)ミロッシュ・ホラーク (パパゲーナ)ユキコ・キンジョウ

演奏は手堅かった。可もなく不可もなし。失望しなかったが感動することもなかった。日本のオケ、日本人歌手よりも優れているとは言えない。

「魔笛」をステージで見るのは初めてだったが、ストーリーは分かりにくい。不思議な物語である。

客席を出ると、目の前に琵琶湖が拡がる。

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このホールに行くなら紅葉シーズンがよさそうだ。メシアンの「アッシジの聖フランシスコ」の演奏会は来年の11月23日である。
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2016.10.25 「ナクソス島のアリアドネ」 [音楽]

2016年10月25日。東京文化会館。19時~21時40分。ウィーン国立歌劇場の来日公演の初日を聞く。プログラムはリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」だった。

指揮はマレク・ヤノフスキ。

座席は3階正面席の第2列。前の第一列の席が空席で見通しがよかった。歌手の声はよく響き、オケはやや引っ込んでいるように聞こえた。

「ナクソス島のアリアドネ」はバックステージものである。パトロンの大富豪の気まぐれで、悲劇と喜劇を同時に演じなければならなくなる。このストーリーを知った時は、どういう舞台になるのか見当がつかず、どういう結末に持っていくのか、作劇上の興味が起きた。

脚本はホフマンスタール。

全2幕だが、第1幕は上演前のドタバタで、第2幕がオペラ公演である。

ストーリーの展開に興味があって行ったわけだが、実際は、途中からは歌に幻惑され、ストーリーは気にならなくなった。歌手は全員優れていたように思う。特にバッカス役のステファン・グールドの声量には圧倒された。アリアドネ役のグン=ブリット・バークミンも素晴らしかった。クライマックスの感動は圧倒的だった。

そのまま帰宅したが、一晩があけて考えた。そもそもこれはどういうオペラだったのか?話の辻褄は合うのか? すぐ頭でっかちになって考えてしまうのは自分の習性でこれは治らない。諦めている。

「ナクソス島のアリアドネ」という曲名で、ヨーロッパの知識人はどういう話かすぐ理解できたはずである。ギリシャ神話が下敷きになっているからだ。

テーセウスが、迷宮の奥に住む怪物ミノタウロスを退治しようと迷宮に入るとき、迷宮に迷わないようにとアリアドネは糸を渡す。これが”アリアドネの糸”である。テーセウスがミノタウロスを殺した後、二人は海に出て、ナクソス島に着く。

ところがここナクソス島でアリアドネは悪阻にかかり病に伏す。そんなアリアドネからテーセウスは逃げてしまう。(えらく無責任な男であることよ。ギリシャの昔から男は女から逃げたがったらしい。)

ナクソス島に一人置き去りにされたアリアドネは絶望し、死を願う。このオペラの第2幕は、ここから始まる。だから、このオペラは「ナクソス島に置き去りにされたアリアドネ」といった方がスンナリ理解できる。

アリアドネの哀しみの歌から第2幕が始まるわけだが、喜劇団のツェルビネッタは「男はみんな勝手なもの」とからかう。これで悲劇と喜劇の同時進行となるのかどうか。ツェルビネッタをはじめとする喜劇役者たちの役割は道化と同じである。

現在上演されているのは改訂版で、1912年に初演された時のものとは違う。初演時にはモリエールの「町人貴族」が劇中劇として演じられた。これなら悲劇と喜劇の同時進行である。

現行のバージョンは喜劇役者は従で、アリアドネの悲嘆とロマンスを盛り上げる役割を果たす。この方がわかりやすい。初演時のものはDVDで発売されているので興味が起きるが、海外版であり日本語に翻訳されていないので難がある。

「ナクソス島のアリアドネ」は面白い感動的なオペラである。機会があればもう一度観てみたい。

→→ ということで、チケットぴあで検索すると、11月23日~27日に二期会の公演がある。どうしようか? ……多分というか、きっと、行く。

(データ)

指揮:マレク・ヤノフスキ

演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ(再演演出:カタリーナ・ストロンマー)

美術:ロルフ・グリッテンベルク

衣装:マリアン・グリッテンベルク (洒落ていた。)

<歌手>

テノール歌手/バッカス:ステファン・グールド

プリマドンナ/アリアドネ:グン=ブリッド・バークミン

ツェルビネッタ:ダニエラ・ファリー


(補足)

日経新聞によれば(11月4日)によれば、世界的大スターは、ステファン・グールドのみということである。

他の歌手も手堅かったですがね。ツェルビネッタだけ、やや弱かった。

最近音楽関係の本を読んでいるが、リヒャルト・シュトラウスの評価はほぼ同じで、有り余る才能を持ちながらこれに命を賭けるという必死さがない。情よりも智が優るということである。




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