So-net無料ブログ作成

二期会「ローエングリン」 [音楽]

2018年2月22日の二期会「ローエングリン」(ワーグナー)公演を観る。東京文化会館で14時~18時10分。

平日のこの時間帯だと集客は厳しい。3分の2程度ぐらいだったか。中央の後部は空席が目立った。24日と25日の公演が残っているが、この公演に関しては、中央座席で見ることを薦める。

理由は照明がキツいからである。左の2階座席で見たが、右の字幕モニターの後ろに照明があって、強い光を出す。おかげで字幕は読みにくいし、強い光が目に入って舞台に集中するのを妨げる。

目がおかしくなり、頭痛がする。一晩たってもこの状態だ。席を移るべきだったかと思う。(空席があったのだから。)

演出は深作健太。深作欣二の息子か。「仁義なき照明」だな。

公演後に深作健太のトークがあったが、聞かなかった。説明を聞かなければ分からないような演出は演出ではない。

演出はともかく、演奏は高水準だった。

指揮:準・メルケル
管弦楽:東京都交響楽団

ローエングリン:小原啓楼
エルザ:木下実穂子
テルラムント:小森輝彦
オルトルート:清水華澄

このオペラは悪役のオルトルートがよくないと魅力に欠ける。その点、清水華澄は申し分がない。第2幕のエルザとの掛け合いは圧巻だった。準・メルケルの叩き込むような盛り上げ方も素晴らしく、希に見る出来映えだったと思う。


共通テーマ:音楽

新宿文化センター オペラ「夕鶴」 [音楽]

2018年2月18日。新宿文化センターで團伊玖磨のオペラ「夕鶴」を見る。日本の代表的オペラということで一度見ておこうと思ったのである。

日本オペラ協会の公演である。実質的には、藤原歌劇団と同じ。

台本は木下順二。台本というより、木下順二の戯曲そのものを一言一句も変更せずにオペラ化した。我々の世代は「夕鶴」というと、山本安英を思い起こしてしまう。

オペラ用の台本ではないわけで、台詞と音楽がマッチしていないところがある。聴き苦しいところが出るのは仕方がない。字幕付きの上演だったが、妥当な処置である。

(つう)伊藤 晴
(与ひょう)中鉢 聡
(運ず)清水 良一
(惣ど)豊島 雄一

指揮:園田隆一郎
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

演奏水準は高かった(と思う)。初めて見たオペラなので比較できない。

客席は1階は8割程度の入り。2階は見えなかったので分からない。ホワイエの様子を見ると、関係者が多かったようで、私のような一般客がどれだけいたのか疑問が残る。

この東京公演のあと、新潟県の湯沢、山形県の南陽市で公演し、その後に神戸で2回公演する。


このオペラを見ると、物語の骨格はそんなに種類が多いわけではないと思う。22日にオペラ「ローエングリン」を見るので、DVDで予習したが、その直後にこの「夕鶴」をみた。話の筋としては似通っている。

別の世界からやってきた者が主人公を助け、タブーが破られたがためにまた別世界へと去って行く。これは共通する。

年齢を重ねると、人は同じようなことを繰り返していると思うようになる。(だから、飽きてくる。)

”つう”が機を織るところを見るなというと、見たくなる。”見てはならぬ”というタブーは、これもまたよくある話で、イザナギ、イザナミの神話と同じだ。去年見た「オルフェウスとエウリディーチェ」も同じである。

(追記)

05東新宿 (6).JPG


新宿文化センターは東新宿にある。東新宿には行ったことがないと気がついた。花園神社の先だが、行くとしても花園神社をお詣りするだけ。

新宿文化センターの内部は古くて座席のカバーなど褪せている。古くささでは去年までの神奈川県民ホールと同じだが、神奈川県民ホールは目下改修中で新しくなる。新宿文化センターはどうなるのか。耐震基準を満たしているかどうかも怪しい。小池百合子に期待しよう?





タグ:夕鶴

共通テーマ:音楽

みなとみらいホール 神奈川フィル定期演奏会 [音楽]

2018年2月17日14時から、みなとみらいホールで神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会が開かれた。

指揮は、小泉和裕。ピアノは小山実稚恵。

①ウェーバー「オベロン」序曲
②グリーグ ピアノ協奏曲
③ブラームス 交響曲第1番

ポピュラー名曲だけで構成されているので、これは助かる。メシアンとかマーラーはやはりシンドイ。

指揮者とピアニストは一流だったので安心して聴いた。

神奈川フィルの音は、尖って聞こえる。部分的には耳障りだ。

小山実稚恵は温和な顔だが、ピアノを弾き出すと別人の顔になる。変化に驚いた。冒頭から気合いが入っていた。

6回ステージに呼び出されたけど、アンコールは弾かなかった。どうしたんだろ?

ブラームスは、冒頭のティンパニの激しい撃ち込みに驚かされた。頭を突き抜けるような響きだった。トスカニーニのレコードを思い出した。

もっともあとは正統的な演奏だった。小泉和裕が表現したいことに神奈川フィルがきちんとフォローできていたのかどうかは疑問が残る。



タグ:小泉和裕

共通テーマ:音楽

パーヴォ・ヤルヴィ=N響 マーラー交響曲第7番 [音楽]

2月11日。NHKホールで、ヤルヴィ=N響の演奏会を聴く。

プログラムは、マーラーの交響曲第7番のみ。

”予習”のため、ショルティ=シカゴ響のCDを聴いたが、精神分裂的要素?たっぷりでどこがいいのか理解できない。念のためバーンスタイン=VPOのDVDも見た(聞いた)。バーンスタインは気持ちよさそうに振っているが、全然共感できない。

聴きに行きたくないところだが、マーラーの交響曲全曲を聴くという願を立てている。残りは、この第7番だけである。

バカでかいNHKホールに座ると体調が悪くなった。気分はすぐ体調に出る。

月報を読むと、ヤルヴィが「当初第7番をわかりにくいと感じていました」と云っているのを読み、やや慰められた。指揮者だってわからないのだ。

「(第7番の)音楽に整合性を求めるのをやめ、音楽そのものに耳を傾ける」のがいい。

電車で窓外の風景に移り変わりを見るように、音楽の移り変わりを聴く。これで聴き方が決まった。

おかげで長さを感じることもなく、”無事に”聴きおえた。体調も良くなった。

これでマーラーの交響曲第1番~第9番+「大地の歌」と全曲制覇で結願した。1年間で聴きおえたのだから、東京の音楽事情は優秀である。

演奏の可否については何も云えない。N饗は優秀だ。

コントラバスを左側に配置していた。左前方の座席だったので、コントラバスの太ったお姐さんが真正面に見えた。この人がいないと、N饗は”重み”がなくなる。

月報を眺めると、12月定期公演が調整中ということで空白になっている。普通なら、シャルル・デュトワの指揮だが、例のセクハラ問題の余波である。

4月はブロムシュテットの指揮だが、ピアノがマリア・ジョアン・ピレシュである。ピレシュは引退声明を出していたように記憶するが、どうなっているのか? いずれにしても、これが最後か。

(追記)

マーラーの交響曲で積極的に聴きたくなるのは、第1番と第8番である。

第1番は、ケント・ギルバート=都響の演奏会があるので楽しみだ。(7月)

第8番は、規模が規模だけに今年は無理かと思っていたが、井上道義=読響で演奏される。(10月)

共通テーマ:音楽

新国立劇場 バレエ「ホフマン物語」 [音楽]

2月10日、14時より新国立劇場でバレエ「ホフマン物語」を見る。今月末にオペラ「ホフマン物語」の公演が始まる。

自分が持っているバレエ鑑賞入門には「ホフマン物語」の記載がない。DVDも発売されているのかどうか…。予習のため、オペラの「ホフマン物語」を見た。

結論をいうと、ドラマティック・バレエというより古典バレエである。面白くて美しい。やはり、バレエはこうでなくては…。

ホフマン:菅野英男
オリンピア:柴山沙帆
アントニア:小野絢子
ジュリエッタ:本島美和
リンドルフ:貝川鐵夫

指揮:ポール・マーフィー
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

振付・台本:ピーター・ダレル

自分の見たオペラ(コヴェントガーデンの録画)と順序が入れ替わっていた。第1幕のオリンピア(自動機械人形)は変らなかったが、第2幕はアントニア(音楽教師の娘)、第3幕がジュリエッタ(娼婦)と入れ替わっていた。”ホフマンの舟歌”はジュリエッタの時に使われるのだから、この方がすわりがいい。

難点は、終わりが盛り上がらない。尻切れトンボのような終わり方だ。

第1幕の自動機械人形に恋するという話は「コッペリア」と同じだ。ダンサーは人形のような動きをしなくてはいけないから大変だと思うよ。

第2幕は、話とは関係ない踊りが多く、ディヴェルティスマン的雰囲気だ。リフト技が多くて、男性ダンサーは大変だ。パ・ド・ドゥもあった。華麗なパ・ド・ドゥがないとバレエは盛り上がらない。

第3幕は妖しげな雰囲気で、お子様向けじゃないね。

新国立劇場バレエ団の群舞は素晴らしい。

これなら、もう一度見てみたいが、明日の公演で終わりだ。3日連続公演で終わりとは珍しい。



共通テーマ:音楽

1月20日 都響定期演奏会「トゥーランガリラ交響曲」 [音楽]

1月20日。14時より、東京芸術劇場で、東京都交響楽団の定期演奏会を聴く。指揮は、大野和士だった。ピアノがヤン・ミヒールス、オンドマルトノが原田節。

指揮者の前面にピアノとオンドマルトノが置かれたので、指揮者の大野和士は上半身だけしか見えなかった。

プログラム。

➀ミュライユ…告別の鐘と微笑み…オリヴィエ・メシアンの追憶に
➁メシアン「トゥーランガリラ交響曲」

①はピアノソロの小品で、4分ほどの作品。従って休憩なく、トゥーランガリラ交響曲の演奏が始まった。

トゥーランガリラ交響曲は全10楽章、演奏時間は75分程度。メシアンの代表作である(という。)

正直にいって、第3楽章、第4楽章でかなりかったるくなった。第5楽章の終結部が壮大で、これで耳が生き返った気がする。第6楽章は美しい。7,8,9楽章は”神妙”にきいた。他の人を見たが、神妙な顔をして聞いていた(気がする。)

第10楽章は、「アッシジの聖フランチェスコ」と同じく、壮大な音の山を築き上げた。都響もフル稼働していたのではないか。

こういう演奏をきくと、わざわざ高い金を出して外国のオケをきく必要もないと感じる。外国のオケのチケット代で、日本のオケなら3回か4回聞ける。コストパフォーマンスを考えてしまうところだ。

この曲のデータを見ると、初演は1949年で、初演者はバーンスタイン=ボストン響だったというのは意外である。録音好きのバーンスタインはなぜこの曲を録音しなかったのだろう。その代わりというのか、弟子の小澤征爾が録音している。




共通テーマ:音楽

1月13日 キエフ・オペラ「トゥーランドット」 [音楽]

1月13日。オーチャード・ホールでキエフ・オペラ「トゥーランドット」を見る。

指揮:ミコラ・ジャジューラ
管弦楽:ウクライナ国立歌劇場管弦楽団

トゥーランドット:オクサナ・クラマレヴァ
カラフ:セルヒィ・パシューク
リュー:リリア・フレヴツォヴァ

「トゥーランドット」について知っていたことは、アリア「誰も寝てはならぬ」だけ。予習もせず、ぶっつけ本番で見る。

おおまかな印象は、スペクタクル・オペラであるということ。

中国が舞台で、トゥーランドットとは中国のお姫様の名前である。中国人の名前とは思えないが。「トゥーラン」なら中国人風にきこえるが、「ドット」が余計だ。

このトゥーランドットなるお姫様が三つの謎を出す。謎を解いた男と結婚するという。解けなければ…首を切り落とす。なんとも残酷な女だが、中国の女なら、あり得るかもしれないと思うところがミソ。中国の悪女は凄い! 則天武后のイメージがあるからだろう。

私なら、「トゥーランドット」とせず、「氷姫」と題名をつけるとことだ。

第2幕の謎解きは、スフィンクスとオイディプスの故事をヒントにしていることは明らかだ。これが結構面白い。オペラは台本が大切だということが、よく分かる。

残酷さにも事欠かない。第1幕では、謎を解けなかった男が首を切られてしまうし、第3幕はリューの拷問と自決がある。

音楽はプッチーニ節満載で、なんの抵抗もなく受け入れられる。プッチーニは第3幕のリューの死までを作曲して死んでしまったので、そのあとの結末部は補作である。グレードが落ちるという評価だが、気にならなかったな。

ミコラ・ジャジューラ=ウクライナ国立歌劇場管弦楽団の演奏も良かった。新国立劇場オペラハウスのオケもこのぐらいの音を出してもらいたい。

瑕疵があったとすれば、カルフを歌った歌手か。声が弱かった。

最後のトゥーランドットの歌う”それは愛”は感動的だが、ホールの外に出てしばらくすると、こんなことがあるだろうかと思う。根性悪の姫君の一時の感動のなせる台詞である? いずれカラフの寝首を掻くに違いない? 高齢になると、素直に感動できません。


共通テーマ:音楽

1月11日 ル・グラン・ガラ2018 [音楽]

1月11日。18時半から。東急シアターオーブで。

シアターオーブは、ヒカリエの中にあった。

パリ・オペラ座のエトワールの踊りである。エトワール=プリンシバルと理解する。

曲は。すべてワーグナーだった。

ヴェーゼンドンク歌集

 ジェルマン・ルーヴェ(エトワール)
 ユーブ・マルシャン(エトワール)
 オニール・八菜(ソリスト)

トリスタンとイゾルデ

 ドロテ・ジルベール(エトワール)
 マチュー・ガニオ(エトワール)

③フィナーレ 「タンホイザー」序曲の終結部。

 5人全員。

振付は、ジョルジュ・マンチーニ。

「トリスタンとイゾルデ」を見たかったのだ。どういう振付をするのか。絡み合うような振付になることは予想できた。中間部が一番難易度が高かったような気がする。

コスチュームは、なんというのか。体操着のようなもの。男は上半身がむき出しで、女性は脚がむき出しである。

振付よりもバレエ・ダンサーの体に驚いた。いつもはコスチュームで覆われていて気がつかないが、筋肉の発達している。ムキムキの筋肉マンだ。

考えてみれば、女性ダンサーをリフトしたり、抱え込まなければいけないのだから、筋肉があるのが当たり前だ。

女性ダンサーの脚も筋肉がすごい。筋肉が浮かび上がっていた。「トリスタンとイゾルデ」を踊ったドロテ・ジルベールは興奮したのか、最後の方は乳首の突起が分かった。ヘンな所へ目が行ってしまった。

振付については予想通りだが、「トリスタンとイゾルデ」でしきりに痙攣させたのは、見た目が美しくない。

「2018」と言うことだから、また来年もあるのだろうか。

そういえば、カーテンが下りた後、舞台方向から歓声が聞こえた。うまく踊れたということなのだろうか?



 

共通テーマ:日記・雑感

1月8日 キエフ・バレエ「白鳥の湖」 [音楽]

1月8日。オーチャード・ホールでキエフ・バレエの「白鳥の湖」を見た。

オデット/オディール エレーナ・フィリピエワ
ジークフリート王子 デニス・ニェダク

指揮:ミコラ・ジャジューラ
管弦楽:ウクライナ国立歌劇場管弦楽団

バレエは滅多に見ないので、巧拙については細かいところは分からない。

全体の印象は、大ざっぱというか、ローカル色が濃い。ヘタではないだろうが、感心するほどでもない。

疲れもあったのかもしれない。3日から8日まで6日間で7公演である。上野の文化会館、千葉文化会館、そしてこの日はオーチャード・ホールである。強行スケジュールのように思える。

フィリピエワのオデット/オディールは貫禄があったが、柔軟性に欠けていた。実は、6日の公演も見たが、オデット/オディールはアナスタシア・マトヴィエンコが踊っていた。こちらの方が分かりやすかった。第2幕のアダージョは次第に王子と恋に落ちる有様がありありと伝わってきた。第3幕のオディールでは、近付いては離れ、離れては近づき、王子を誘惑する様が見事だった。

フィリピエワの踊りには情感が乏しかった。



(ウクライナというと、ウクライナ紛争はどうしたのだろう? 北朝鮮・シリア問題で半ば忘れされた感がある。

ウクライナの政治的・経済的状況を思えば、優秀なダンサーは海外を目指すだろう。芸術家とスポーツ選手には国境はない。


〇 バレエの公演の観客は圧倒的に女性が多い。男は見ない。これも考えてみれば不思議なことである。もっとも私も現役時代は、バレエ公演を見るなど考えたこともなかった。宝塚歌劇と同様で、男が見るものではないという先入観があった。多分、絵空事というイメージが強かったからだろう。

 こういうバレエを見て、感性を磨いている女性に男は太刀打ちできない。文化力が育たない。日本の男は仕事だけか……。  )



共通テーマ:音楽

1月7日 新国立劇場「ニューイヤー・バレエ」 [音楽]

1月7日。新国立劇場で新国立劇場バレエ団の「ニューイヤー・バレエ」を見る。

①「パ・ド・カル」 本島美和 寺田亜沙子 細田千晶 木村優里
②「グラン・パ・クラシック」 小野絢子 福岡雄大
③「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」 米沢唯 奥村康祐
④「シンフォニー・イン・C] 全員

指揮:ポール・マーフィー
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

3階席の1番奥で見た。どの席で見たかで、印象は異なる。3階の奥だと、舞台を俯瞰する席である。このことを前提にしておく。

➀➁③はガラ用で有名らしい。上から見ると、パ・ド・ドゥなど少人数の踊りは迫力がない。おとなしい踊りに見えた。力強さが伝わってこない。

④はビゼーの交響曲を振り付けたものだ。群舞(コール・ド・バレエ)が華やかで見栄えがする。新国立劇場バレエ団の強みは、コール・ド・バレエにあると思っている。めったに体験できない高揚感で終わった。

オケは音が痩せていた。もうちょっとなんとかならないか。

共通テーマ:音楽