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「その女アレックス」 [本]

ホテルというのは、読書にもってこいである。家にいては読めないような本もホテルでは読める。

ピエール・ルメートルの「その女アレックス」を2日間で読んだ。小さな活字で450ページある。老眼にはつらい。家で放置したままだった。

日本でも大評判になった小説である。

推理小説なのでネタバレできないが、読後感は重い。あとに尾を引く小説だと言える。

途中で、コーネル・ウールリッチ(別名ウィリアム・アイリッシュ)の小説を思い出した。あれと同じ仕掛けか、と気づく。

ウールリッチの小説は甘美なペシミズムが覆っていたが、ルメートルの小説はサディスティックなニヒリズムに充ちている。時代の相違だろう。


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「わが恋せし女優たち」(逢坂剛・川本三郎) [本]

2014年3月出版。

逢坂剛が1943年生まれ、川本三郎が1944年生まれ。

ということで、二人が少年時代(1950年代、60年代)に憧れ、惚れ込んだ女優の思い出を語る。大女優は少なく、マイナーな作品のマイナーな女優が多いのが嬉しい。

私も、二人とほぼ同世代で、1050年代は映画少年だった。

異なる点は、お二人は、その記憶を保持し、雑誌やDVDを漁っていることである。私は、ほとんど忘れてしまったし、雑誌や写真も捨ててしまった。

こういう本を読むと、マニアというのは楽しいと思う。

この本の写真を見て、どうにか、思い出せるところがあり、失われた記憶が甦った。結構、これは楽しい経験である。

昔胸をわくわくさせた思い出がよみがえると、ホンワカとした気分になる。これは思わぬ効用だった。

1950年代、60年代に映画少年だった人は、思い出を甦らせるためにも、一読を勧める。
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「キャリア・ポルノは人生の無駄だ」(谷本真由美) [本]

ずいぶん、スゴい題名だ。ポルノと来ました。

ザッと読んだところでは、「キャリア=自己啓発書」をいい、「ポルノ=現実に行動しない」ことをいう。

ポルノは「フード・ポルノ」から借用した。フード・ポルノの意味は食べ物・レストランの映像や雑誌を見て満足し、実際には食べに行かないことをいう。

ポルノは見たり読んだりして、現実にセックスすることが稀である。見たり読んだりで自己完結してしまう。フード・ポルノはここから来た。

著者のいうキャリア・ポルノは、自己啓発書を読んでヤル気は出るが、実際には行動しないことをいう。

著書名を「自己啓発書は人生の無駄だ」とすれば、わかりやすい。 

そう、自己啓発書は人生の無駄である。時間の無駄である。

私も自己啓発書を漁ってきたから、その無駄がよくわかる。無益なのだ。無益どころが、有害でさえある。それは本に書いてあることを実行しなかった、あるいは中途で挫折したという自責感が生ずることである。

自己啓発書は、当然のことながら、失敗した場合の対処法は書かれていない。

自己啓発書を読んで、人生が変わった、仕事の仕方が変わった、生活が変わった、と云う人がどれだけいるだろうか。

ヨーロッパでは自己啓発書は人気がない。アメリカでは人気がある。これはアメリカという国家の成り立ちからきている。

では、日本では、なぜ自己啓発書が人気があるのか。考えてみれば、不思議なことである。

"日本人はマジメすぎるんかなぁ。”

漠とした思いがする。

この本が出版されたのは2013年6月である。2年あまりが経過しているが、自己啓発書は相変わらず大盛況である。

日本経済新聞の広告を見れば一目瞭然。しかもいかがわしい・怪しげな本ほど広告スペースが大きい。

最近はアドラーが人気とお見受けする。手を変え品を変え、同じことを新たな装いで述べる。またまた、気分高揚、その実、ナンにもしないキャリア・ポルノが増えることだろう。
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「物語 フランス革命」(安達正勝 著) [本]

著者の安達正勝は1944年生まれ。私と同世代だ。

この時期に生まれた子供は、戦後民主主義の影響が根強い時代に少年期・青年期をすごした。フランス革命は……憧れだった。

フランス革命と戦後日本を比較し、日本の足りないところを批判する風潮があった。

フランス革命の掲げた「自由・平等・友愛」は今でも生きている。生きているというべきか、しつこく生き残っているというべきか。

題名通り、物語風に記述している。特にフランス革命期に生きた女性に焦点をあてているのが新鮮だ。ルイ十六世名君説も目新しい。

かっては暗愚の王という評価だった。名君かどうかはわからないが、開明的君主だったようである。逆説的に思えるかもしれないが、開明的だからフランス革命が起きたのである。

もしルイ十六世が強権弾圧的政治を行っていたら、ブルボン王朝は生きながらえた可能性が強い。


フランス革命については、その後、バークのフランス革命批判を読んで、大いに影響を受けた。

フランス革命は、その嫡子にロシア革命を生んだ。ロシア革命の顛末は、我々は既に知っている。ならば、親のフランス革命はどうとらえたらいいのか…。

フランス革命は賞味期限切れと葬った方が正しいのか。人間の社会は、そうは簡単には変わらない。

この本は物語風に記述しているので、当時のフランスの経済には触れていない。革命期の経済がどうなっていたのか、これは知りたいところである。

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官能小説アンソロジー「ゆらめき」 [本]

風邪にまかせて?寝床で、徳間文庫の官能小説アンソロジー「ゆらめき」を読んだ。

「刻(とき)の誘惑」(藍川京)

まず学生時代の男女のセックスが描かれる。次いで、時が飛んで、20年後。女は学生時代の男と再会する。男は結婚し、子供がいる。家に帰る時間を気にしながらのセックスで、熟した女には物足りない。失望を感じて終わる。青春の思い出は消え去る。その後、付き合っていた官能小説作家を呼んで、セックスする。

著者の実生活を小説にした感がある。藍川京は、ホステスをしていたこともあるのだから、美貌とは云えなくても愛くるしい顔立ちである。「官能博覧会」では自分のヌードを披露している。サービス精神旺盛である。


「雪溶けの春」(霧原一輝)

大学三年生の主人公が、バイト先の旅館の女将にセックスの手ほどきを受ける。年上熟女もの。セックス描写も慣れたもので読みやすい。官能小説は、こうでなくては。



「虚蝉(うつせみ)の季節」(響由布子)

汚ギャルが女主人公。汚ギャルとは初めて聞く言葉だ。最底辺の女らしい。バッグ一つに全財産を詰めこんで、一夜の宿を求めて男と寝る。茶髪系のひどいメイクをしている。

私の世代だと、シンナー吸いながら春を売るフーテン娘という方がわかりやすい。昔っから、こういうタイプの女はいた。

こういう女を気まぐれから拾い上げたのが主人公のヘアーメイク・ディレクター。手を触れることもなく、普通の女に戻すべく磨き上げていく。

これは”ピグマリオン”趣味である。”マイ・フェア・レディ”です。男には、いい女に育て上げたいという欲望がある。

男は若年性の胃がんにかかっていることが判明して、突き動かされるように女を抱く。このセックス描写は、状況が状況だけに単純なセックスに終わらず、壮絶。


「大橋莊の女」(由布木皓人

定職もないフリーターばかりが住んでいるオンボロアパート。住人はみんな浮き世離れしている。著者は、職業転々のフリーターだったので、著者の実体験に基づいているのではないか。

ここに住民の一人が、琴を持ったものすごい美人を連れてきたことから、みんな壁に耳を当てて、その音を聞いて、妄想する。この小説では、直接的なセックス描写はない。物音から妄想するアレコレが描かれている。

ユーモラスで呑気であるが、官能小説という分類には入らないのではないか。


「いけない☆オトコの娘」(開田あや)

冒頭からセックスシーンだが、何の説明もないので、誰が何して何とやら?

結局、再読して理解した。冒頭は3Pを描いていたのだ…。主人公の一人は、女装少年で、これで話がややこしくなった。

登場人物は、女装少年の真琴とその恋人の麻由子、部屋の持ち主の悠子、真琴を女と思って恋した隆志。だから、4Pになるわけだ。

セックス描写の連続で、なかなか読ませる。

女性作家はオノマトペが得意なのか、描写もその連発だ。

「あんっ、あぁ、い、いい、そこ、そこがいい、イク、もうイッちゃう、あぁっ」
「あ~ッ、あッっ、いいイッ、イクウ~~ッ!」
「うぷっ!」

ひらがな、カタカナ、ひらがなの小文字、カタカナの小文字、どこがどう違うのか、理解できないところがいい。ソレらしい雰囲気が出てくるでしょ。

ワープロの変換が大変だ。


「ナイロンの夜」(館淳一)

館ワールドです。女装趣味少年をマンションのオーナーの妻が見つけ、奴隷として扱う。

この小説を読んで、、ネットに「エックス・チューブ」なるものがあることを知る。you yubeはたまに見ることがあるが、x tubeの存在は知らなかった。

検索すると、x tubeが出てきました。サイン・インはしなかった。あとでどうなるか、わからないから。自作自演のポルノエリアである。そんなに露出したいのか、と不思議である。

タグ:ゆらめき
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「ひみつのとき」(神崎京介) [本]

神崎京介の小説を読むのは,初めてである。女薫シリーズは超長期の連載で、これをみても,人気官能作家なのだろう。

この「ひみつのとき」は2003年の執筆。

期待していたのだが…。


専業主婦で,子供なし。32歳。結婚して6年。セックスレス。メールで知り合った男とセックスに耽る。

話としては、これだけ。1年間の出来事である。

読後感は、掴み所がないというのか、理詰めで抽象的な話を読んだ気がする。確かにセックス描写は入念であるけれども、現実感が起きない。楽しめない。

理由は,多分、主人公の奈央子の容貌が描かれていないからである。容貌がわからなければ、想像する余地は乏しい。

どうしてこんな書き方をしたのだろうか。

男と初めて出会うときの入念な描き方。不安と躊躇を描きたかったのだろうか。ホテルに入り、キスして、フェラして、クンニして…。ここまでで半分を費やす。100ページである。

そのあとのインサートは省略している。この構成には驚く。

次は,いきなり不機嫌な夫が登場する。バレたわけではなく、もともと夫婦関係が不機嫌なものだった。

これじゃあなぁ。夫との関係を解決するのが本星だろうが、結婚生活も6年となると、惰性になってしまうようである。夫との関係は脇に置いて、メル友と出会いを重ねる。重点の起き方を間違えている。これでは,結末が示すように、男と別れても,別の男を求めるようになってしまう。



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「悲恋」(松崎詩織) [本]

祥伝社文庫。松崎詩織の官能小説集。この作家の小説は初めて読んだ。

この女流作家は,自傷的傾向がある。

リストカットする人間がいる。昔だったら、”破滅型”と形容されたが、要するに、破滅したい人々である。「素直になれたら」「最後の恋」はその傾向が露わである。

ずっと不幸でいると、不幸に慣れてしまって、不幸であることに安心感を感じる。奇妙だが、そういう人もいる。人は基本的には惰性の生き物である。過去・現在の延長線上で生活したい。幸福になるのが不安である。だから、幸福になる目前で逃げ出してしまう。


「向日葵の歌」  兄妹愛。近親相姦ものに近い。妹はヴァージンで、兄は挿入寸前までいって果たせず。兄は妹との禁断の愛を負い目に感じ、家出、事故死。兄はドナーカードを所持していたので、臓器はそれを必要とする者に配られた。妹はやがて劇団の主宰者と恋に落ちる。やがて結ばれるが、相手は心臓の移植手術を受けていた。その心臓は誰のものだったか…。ホラー調。


「さくらの夜」  45歳の男の回想。中学の卒業式の夜、憧れの女教師を犯す。30年後に男は出世し、元の中学校があった土地の開発担当を命じられ、廃校になる中学校へ行く。そこで地元出身のバツイチ女と知り合い、セックスするが、その女の母親は既に死んでいたが、犯した女教師だった。ということで…。

 官能小説ばかり読んでいると、近親相姦が当たり前のように思えてくる。

「少女人形」  売れっ子のファッション・モデルの姉妹がいる。性格は反対。姉は女王様タイプ、妹は受け身のおとなしいタイプ。顔は見分けがつかないほど瓜二つ。姉はカメラマンの卵の恋人がいて弄ぶ。妹は父の会社の経営を助けるために、金のあるモデル事務所の社長と結婚することになる。
ところが、姉は事故で階段から転げ落ち、記憶を喪失。性格が妹のようにおとなしくなる。恋人だったカメラマンの卵は喜び満足するが,実は…。

入れ替わりのテクニックを使っている。この作家はどんでん返しが好きなのか。話のネタは途中でわかる。

「レイチェル」  外資系商社のOLだった女、上司との不倫。捨てられる。会社を辞め、キャバクラ嬢となる。ミュージシャンの卵に夢中になり、同棲する。

この男、暴力指向で、DV男である。男に痛めつけられるが別れられない女の心持ちが描かれる。最後は,女の旅立ちである。官能描写はふんだんにあるが、それだけでは収まらないものがある。

 DV男と別れられない女は多数いるが、怖いから逃げられないのか、それとも、ある種の母性愛のためなのか,考えてしまう。

「素直になれたら」 高校の女教師。レイプされそうなところを高校時代の同級生に救われる。同級生は今ではヤクザである。女教師は大手商社に勤める男と結婚することになっていたが、同級生だったヤクザに惹かれ、結婚式の寸前でやめてしまう。しかし、同級生だったヤクザは暴力団の諍いがもとで、女教師の前で殺される。

どこか、昔の映画で見たようなストーリーである。

「最後の恋」  ケータイ系出会いサイトで売春をする女の回想記。
素晴らしい美貌の持ち主なのに、幸福になれない女がいる。美貌を持て余して投げ槍に生きる女がいる。この小説の主人公の場合は、母親の道具として生きた。そのキズを抱えている。この小説も結局、念願のセレブとの結婚式の目前で逃げ出してしまう。
目標達成寸前で下りてしまう。

最も長い小説である。力作だが、冒頭と結末の関係が曖昧。説明不足。


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「蝮の舌」(うかみ綾乃) [本]

第2回団鬼六賞受賞作。受賞にふさわしい小説である。

作者はうかみ綾乃。第1回の受賞者、花房観音は、こういってはなんだか、中年太りのオバさんで、ブスの妄想を読む気がしたものだった。

うかみ綾乃は,これは写真を見る限り、美形です。ファッションモデル級。こういう美人が,なぜかくも激しい描写をするのか,

容貌と著作が一致しない感がある。

うかみ綾乃の生まれは奈良県。生田流箏曲師匠である。箏曲に限らず、華道、茶道など日本的な芸事の世界は,何か,淫靡な雰囲気がある。特に関西においては……。男の師匠と女の弟子。何かあったかもしれないと,邪推したくなる。

よく虫酸が走るようなイヤな感じというが、その嫌悪感を通り越してしまえば、逆に快楽・愉悦の世界に入ってしまう。この小説で描かれるのは,そういう世界である。

小説の舞台は、蝮(マムシ)が蠢く蝮の森である。マムシ…聞いただけで気色が悪いが、こういう因習的な・民俗的な背景を設定している。

登場人物は、京香と清香の姉妹。この蝮の森にある八ツ沢神社で行われる”蝮をどり”の音楽を担当する田宮社中の代表者。この姉妹が責められ役。

責め役は,田宮社中のライバルである笠原社中代表者の笠原と、八ツ沢神社の禰宜である稲川。

それにもう一人の登場人物がいる。政己という名で、京香姉妹に仕える醜い容貌の使用人。背が曲がっている。モデルは明らかに「ノートルダム・ド・パリ」のカジモドだろう。昔は「ノートルダムのせむし男」といっていたが、差別用語ということで現在は使われていない。

私は映画「ノートルダムのせむし男」でアンソニー・クインが演じたカジモドを連想しながら,この小説を読んだ。

この小説に於ける、責めを受けるときの嫌悪感と愉悦感は,女性でなくては描けないものだ。

京香の12歳の時の初潮シーンは生々しい。初潮の感覚をこれだけリアルに描いた小説は初めて読んだ。



強烈な印象を残す箇所は、京香が夢の中で、蝮に犯される場面だ。

「無数の蝮が蠢いて、肉体中に取り憑いている。粘い汗の浮いた肌を、ざらざらと細かな鱗を生やした胴肉が行き交っている。」

うかみ綾乃の表現の特色がよくあらわれている。蝮の鱗のざらざらした感触に敏感に反応する。

蝮は口腔の中に侵入する。次いで、肩から胸へ。

「蝮の重みで肌にのめり込んでいる乳首は,いつしかあさましいほどに疼き立ち、媚芯を転がす鱗の一枚一枚を鋭敏に感じていた。」

蝮はこのあと、なお下り、股間に入り、秘唇をなめ回し、内部に侵入し、子宮を食いちぎる。女性はまともによめないんじゃないだろうか。

リアルな描写に、思わず息を呑んでしまった。こんな読書体験も珍しい。



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5000万部 佐伯泰英 [本]

佐伯泰英の時代小説は、今月出版したもので,200冊、累計5000万部に達した。本人がそのように書いている。

200冊、5000万部。

ホンマかいな。1冊平均25万部。ウーン、あり得る数字なのだろうか。

佐伯泰英の小説は,ブックオフにも大量に置かれている。1冊の本が数回にわたり売り買いされ,回し読みされている。読者数はもっと多くなり、25万人ではおさまらない。

”文庫書き下ろし”という形態は,佐伯泰英が発案した。元々小説を執筆していたが、売れなくなって廃業寸前になり,”文庫書き下ろし”の時代小説を出版社に売り込んだ。老舗出版社には断られ、角川春樹事務所で採用された。

それが始まり。

1冊の小説を書くのに20日かかる。全体で5章、20節で、1日1節を書けば、20日で書き終えることができる。

経歴を見ると、日大芸術学部映画科出身である。シナリオの修行をしていたのだろう。ハコ書きから作り上げる習慣が身についているのだろう。

年齢は、1942年生まれだ。もう72歳である。普通なら、創作力が衰えてくる年齢である。

先日短編を読み進めたポルノ作家・館淳一は1943年売れまで、同じく日大芸術学部。こちらは放送学科出身である。面識がなかったのだろうか?

高齢になっても大量の小説を書き続けることができるのは、パソコンのおかげである。昔は、万年筆で手書きした。この疲労は並大抵のものではない。

今は、キーボードを叩くだけ。慣用的な文章は登録すればいい。修正も容易である。作家生命が延びた理由である。また、大量執筆できるのも、同じ理由である。


(追記)

自分にしても,手書きしなければならないとしたら、もう文章を書くのは面倒で、とっくにやめていたかもしれない。こうして文章を書けるのも、パソコンのおかげである。

佐伯康英が文庫書き下ろしを発想したのはどういう理由かは知らないが、最初から文庫本にするという発想は時代にあっていた。

高い定価の単行本より、安い文庫本の方が売れる。出版社としては売上げが上がらないのだから拒否反応を示したとしてもうなずける。

それに高齢者社会なら、文庫本の方が売れるはずである。私も文庫本・新書本を多く買う。

理由は,簡単なので、文庫本・新書本の方が”軽い”からである。段々と腕力がなくなり、本の重さがつらくなる。

単行本を手にするのはシンドイ。今の単行本の作り方は,机に向かって読書することを前提にしている。寝転がって読む、椅子に座って手に持って読むということは考えていないようである。

シニア向けに字は大きめの活字を使うようになったが、重さについては無関心である。これは気が利かないと思う。


タグ:佐伯泰英
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「愛の調教をください!}(館淳一) [本]

双葉文庫。愛読者が選んだ館淳一のベスト短編集第3巻である。

収録作は7篇。「娘の親友」「姉の愛人」「鞭打ちの供儀」「愛奴の幻影」「エレベーターの貴婦人」「女神たちの蒼い夜」「凶獣は闇を撃つ」である。

一番最後に収録された「凶獣は闇を撃つ」は館淳一のデビュー作である。1975年の小説で、もう39年前である。

この小説を読んで、なんとなく館淳一の作品を避けていた理由が分かった。以前にこの小説を読んだことがある。何年前だったのか.30年前かもしれない。

一言でいえば,この小説の描写は凄惨な箇所があり、気色悪い。ひどい小説家だと判断して、以後読まなくなった。

三角関係の男女が争っている別荘に、銃を持った男が押し入り、一人を射殺する。

射殺された男は勃起状態のままである。こういうことがあり得るらしい。館淳一は企業PR雑誌の編集をしていたことがあるようで、こういう医学的知識に詳しい。

凶悪犯は、その死んだ男との交接を女に命令する。内蔵が飛び出た死んだ男とのセックスなど気持ち悪くて仕方ない。

今では私の感度も鈍っているから、終わりまで読み終えることができたが、30年前なら目を背けて当然である。

この小説の週末は,ハードボイルド的描写になるが、細かい描写で、はなはだシナリオ的である。館淳一は日大芸術学部放送学科卒業とある。シナリオの修行をしていたのだろう。

これで思い出したことがある。インターネット以前にネットの通信フォーラムがあった。私はニフティの映画フォーラムに参加していた。そこで非常に的確な映画批評をアップする人がいた。筆力が違うと感じたものである。

その人は,あるとき、自分はポルノ作家だと自虐的に発言した。

この短編集の第2巻の解説で、館淳一が「ポルノ作家であることは恥ずかしいことなんです」といっていることを知り、映画フォーラムのあの人は,館淳一だったかもしれないと推測している。

確証はない。あくまで推測である。

ついでにいえば、ニフティの映画フォーラムはいわゆるネット炎上状態になり、一時消滅した。ネット・リンチの凄さを目の当たりにした。ネットは怖いと思ったものである。

解説によれば、この小説の執筆の動機は、日本赤軍によるあさま山荘事件であるという。事件が起きたとき、館淳一は近くの別荘の管理人だった。


◎「娘の親友」  娘の親友が,ランジェリーパブで仕事をしていることを知る。ランジェリーパブとはランジェリー姿でサービスするパブだが、個室がある。

そこに入り、1000円を賭けてトランプを引く。大きな数字が出ると、パブ嬢は身につけているものを取る。一種のストリップ・ゲームだが、6回勝てば、全裸になる。それ以上のサービスは2000円支払いで、また段階的にエスカレートしていく。

面白そう。

この娘は”お仕置き”願望があることがミソ。

◎「姉の愛人」  姉妹の近親相姦。最後は姉の愛人との3Pである。

◎「鞭打ちの供儀」  レズ専門のデートクラブ嬢が主人公。普通、この種のクラブを利用するのは、鞭打ちしたい女性が多いのだそうである。女には潜在的に男のように振る舞いたい、という願望があるのだろう。

ところが、逆に鞭打ちされたい人妻が相手。結局、この女性は、子供時代に体験したお仕置き願望があったのである。

◎「愛奴の幻影」  この小説はデジカメ以前のものである。SM写真を撮っても,それを現像し、写真にすることが困難だった。ましてカラー写真となると、より一層難しかった。カラーの現像ができる人は珍重された。

SM写真撮影会で知り合った男の写真を現像するが、男は事故死する。男の姉がモデルだったことが判明。
姉はマゾだった。

今ではデジカメで、撮影、印刷は簡単である。印刷どころが、ネットにアップできることも自由な時代となった。おかげでリベンジポルノ問題が起きる。処罰は強化されるようだが、多分、減らない。

◎「エレベーターの貴婦人」 男の前で排尿することに性的興奮を感じるセレブ女性。

◎「女神たちの蒼い夜」  セックスできなかった夫婦が、隣の別荘のレズカップルに弄ばれ、セックス可能になる。夫婦は、愛奴になってしまう。






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