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高齢者の反逆 [雑感]

新聞には、相変わらず、ポピュリズム(大衆迎合主義)という。

大衆の反逆ではないよ。高齢者の反乱である。


要するに、高齢者はポリティカル・コレクトネスに疲れてしまったのよ。

ちょっとしたことをいえば、それは差別だと非難される。自由にモノを言えない。どこかでアタマに来るのは当たり前だろ。

人間、そんなに上等にできていないよ。

いまだに今年の出来事を高齢者の反乱と捉えた論考を読んでない。これは不思議なことである。

N響第9演奏会 [音楽]

NHK交響楽団のベートーヴェン交響曲第9番「合唱」の演奏会を聴く。

2016年12月27日。19時~21時。サントリーホール。

指揮はヘルベルト・ブロムシュテット。合唱は東京オペラシンガーズ。独唱、シモーナ・シャトゥロヴァ(ソプラノ)エリーザベト・クールマン(メゾ・ソプラノ)ホエル・プリエト(テノール)パク・ジョンミン(バス)。

前座として4曲のオルガン演奏があった。勝山雅世の独奏。

①ヨハン・セバスティアン・バッハ カンタータ「神よ、あなたに感謝をささげます」~シンフォニア

②フロール・ベーテルス コラール前奏曲「輝く暁の星の麗しさよ」

③シャルル・マリー・ヴィドール 「バッハの思い出」-「夜警の行進」

④シャルル・マリー・ヴィドール オルガンのための交響曲第5番 「トッカータ」

半分居眠りして聴く。ずいぶん不思議なプログラムを組んだものだ。

休憩ののち、第9の演奏が始まった。ブロムシュテットのベートーヴェンについてはいい印象がない。ドレスデン・シュターツカペレと組んだベートーヴェン交響曲全集のCDを聴いたことがあるが、凡庸としか言いようがない演奏だった。

トシもトシだし(89歳である。)先日聴いたブルックナーから連想して、ネトネトムッチリした指揮を予想した。

ところが、全然違った。早めのテンポでスッキリとしたものだった。

プログラムにブロムシュテットのエッセイがあるが、これによればベートーヴェンの指示に従ったものである。昔のフルトヴェングラーなどの演奏は、ベートーヴェンのテンポ指示は早すぎると思い、指示より遅いテンポで演奏したらしい。それが慣習だった。

ずいぶんと若々しく聴こえた。N響の演奏も秀逸だった。

第9ということ、やはり、キモは合唱団にかかるが、東京オペラシンガーズは優秀な合唱団で迫力満点だった。めったに聴けない部厚い合唱で、新国立劇場合唱団に並ぶと思う。あるいはそれ以上か?

独唱はバスのパク・ジョンミンが圧倒的に素晴らしく、他の3人は霞んでしまった。


タグ:第9

トランプ本 [雑感]

トランプが次期米大統領になるということで、トランプ本が何冊か緊急出版された。

やはり、これは興味が起きるところだ。なぜメディアの予測が外れたのか? イギリスのEU離脱と同じ誤りをした。

本屋で見つけたトランプ現象の本を読んだ。

①「トランプ大統領とダークサイドの逆襲」(宮家邦彦)

②「トランプ!」(渡邉哲也)

③「トランプ後の世界」(木村太郎)

④「トランプ新大統領誕生で世界はこうなる」(長谷川慶太郎・田原総一郎)

ついでにトランプ大統領を予言した本として「トランプ大統領とアメリカの真実」(副島隆彦)も読んだ。この本は6月に出版されたのだから、正真正銘の予言本である。

日本のメディアでは報道されないことが書いてある。逆に言えば、日本のメディアのニュースソースが限られていたということでもある。ロンドンやワシントンにも記者クラブがあって、そこでブリーフされることを流していた、ということである。

これではイギリスやアメリカの真実は分からない。




演奏会の感想 [雑感]

ネットで、音楽会の感想を、どう書いていいか分からないという文章を読んだ。確かに、難しい。

基本的には感動したか、しなかったか、それだけだ。一つの文章で足りる。なぜ、どこで感動したかというと、それは分からない。理屈は後でつけるだけだ。演奏者のオーラもあるだろうし、ホール全体の雰囲気も作用する。これは再現できない。一期一会である。

人間の耳は主観的で、聴く音を選別し、思いを付加する。演奏に興が乗ってくると、音がいつの間にか大きな音に聴こえるようになる。いい音を拾い出し、嫌な音は遠ざける。いつの間にか、自分で音を編集してしまう。

客観的な物理的な音とは異なる。よくレコード批評などで、実演ものが音を捉えきれていないということがあるが、これは逆だ。レコードは音を捉えている。捉えていないのは、その演奏会場で自分が付加した思い・感情である。マイクがそれを捉えることは不可能だ。



実は、昨晩(12月23日)にサントリーホールでヘンデルの「メサイア」を聴いた。鈴木雅明指揮のバッハ・コレギウム・ジャパン。3時間は長い。今年の演奏会疲れがいっぺんに出たものか、第2部は白河夜船だった。

だから、つまらなかったのだろう。曲とか演奏がつまらなかったというのではなく、それ以前にキリスト教に対し、心理的バリアーがあったらしい。

キリストが神なのか、人なのか? ここで躓いてしまう。

自分にとっては、仏教の方が馴染んできただけあって近しい。入り口で躓いては音楽どころではない。若ければもっと柔軟に聞けたかもしれないが、高齢になると頑固になる。

バッハ・コレギウム・ジャパンのような室内管弦楽団にはサントリーホールは大きすぎる。先日はさいたま芸術劇場で聴いたが、ちょうどいい大きさだったと思う。

BCJの冒頭を聴いて、ビーチャムのレコードを思い出した。ここなら大オーケストラで聴きたい。ビーチャム盤はユージン・グーセンスのド派手な編曲で有名だった。

今の演奏スタイルは、誠実だが、息苦しい。そろそろ”大演奏”が復活してもいいと思うが。


(補足)

ソプラノ:レイチェル・ニコルズ

アルト(カウンターテナー):クリント・ファン・デア・リンデ

テノール:ニコラス・バン

バス:加耒 徹

つけ加えると、コンサートマスターは寺神戸亮だった。

アンコール一曲でクリスマスソング。「まきびとひつじを」
タグ:メサイア

高齢社会の病理 [雑感]

イギリスのEU離脱とトランプ大統領の誕生は、ポピュリズムと言われている。

しかし、もう一つ、原因があると思うが、メディアでは取り上げられていない。

理由は、あからさまに批判できないからだ。

それは高齢社会ということだ。どの先進国も戦後のベビーブーマーたちが70歳に到達しようとしている。しかも多数だ。メディアのお得意さんである。

現に今起きつつあることは、高齢社会の病理と理解することが可能だ。

高齢者の心理は、実際に高齢になってみないと分からないところがある。

円満な高齢者というイメージとは程遠い。基本的には刹那的であり、社会の持続性については無関心である。

ポピュリズム [雑感]

今年の大ニュースは、なんといっても、トランプがアメリカ大統領に選ばれたことだろう。

イギリスのEU離脱と絡み、ポピュリズムの台頭が論じられている。

読売新聞では、ポピュリズム=大衆迎合主義と訳されている。何か、悪いことのような語感だ。

ポピュリズム(populism)はそのまま訳すと、人民主義である。あるいは民衆主義というのか。これなら民主制社会なら当たり前のことである。

新聞や論壇のポピュリズム批判が妥当なのかどうか、これは疑う方がいい。

去年あたりから、反知性主義批判があった。自分の見たいものだけを見て考えない。これが反知性主義である。

ポピュリズムは反知性主義である。

私は、反知性主義批判には馴染めなかった。きっと私も反知性主義者なのだろう。

反知性主義批判を読むと、何をエラそうなことを言っているのかという反発を感じた。

ポピュリズムを批判する人は、自分がエリート主義(一種の貴族主義)者であることを認識していない。

エリート主義の足元が崩されていることに無感覚である。あるいは足元が危うくなっていることは認識していても、どう対処していいのか分からず戸惑っているというところか。

とりとめなく 天皇誕生日に [雑感]

思うことがだんだんととりとめがなくなってきた。思い浮かぶことは”点”にはなるが、”線”にならない。ポカッと思いつくが、それ以上には展開しない。これが”老い”かと思う。

特に寒くなってからはいけない。体が不自由になって思うように動かない。これが段々ひどくなって介護状態になるのかと思うと遣り切れないが仕方ない。諦めが肝心だ。

体も脳もこんな状態なので、思いつくことはとりとめのないことばかりだ。

今日は天皇誕生日だが、12月23日の祝日は有難味が薄れる。正月休みが近いからだ。それに今年は金曜日で3連休になってしまった。年末の追い込みをする営業にはついらいところだ。

昔のことだが、金、土、日と3連休になり、日曜日が25日だと、給料計算が大変だった。今ではコンピュータで計算するから実情がどうなっているのか分からないが。

20日締めで22日に支払いというと、20日以前に前準備をしておくのが普通である。21日中に
給料計算を終了しなければならないからだ。

しかも12月は年末調整もあるから余計に忙しい。

そんなことを思い出した。

今上天皇の退位問題は特例法で対応するようである。しかし、特例とはいえ、一度前例を作ればそれを踏襲することになるだろうと予想がつく。特例が常例になる。

退位問題は解決がつくにしても、そのあと皇太子が天皇の位に就く。これはちょいと厄介だ。まだ誰も言っていないが。

今の皇太子は……。主婦層には不人気である。あけすけに批判されている。雅子妃問題があるからだ。雅子妃が皇后になってどうなるか、これは一抹の不安を感じさせる。