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2016.10.25 「ナクソス島のアリアドネ」 [音楽]

2016年10月25日。東京文化会館。19時~21時40分。ウィーン国立歌劇場の来日公演の初日を聞く。プログラムはリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」だった。

指揮はマレク・ヤノフスキ。

座席は3階正面席の第2列。前の第一列の席が空席で見通しがよかった。歌手の声はよく響き、オケはやや引っ込んでいるように聞こえた。

「ナクソス島のアリアドネ」はバックステージものである。パトロンの大富豪の気まぐれで、悲劇と喜劇を同時に演じなければならなくなる。このストーリーを知った時は、どういう舞台になるのか見当がつかず、どういう結末に持っていくのか、作劇上の興味が起きた。

脚本はホフマンスタール。

全2幕だが、第1幕は上演前のドタバタで、第2幕がオペラ公演である。

ストーリーの展開に興味があって行ったわけだが、実際は、途中からは歌に幻惑され、ストーリーは気にならなくなった。歌手は全員優れていたように思う。特にバッカス役のステファン・グールドの声量には圧倒された。アリアドネ役のグン=ブリット・バークミンも素晴らしかった。クライマックスの感動は圧倒的だった。

そのまま帰宅したが、一晩があけて考えた。そもそもこれはどういうオペラだったのか?話の辻褄は合うのか? すぐ頭でっかちになって考えてしまうのは自分の習性でこれは治らない。諦めている。

「ナクソス島のアリアドネ」という曲名で、ヨーロッパの知識人はどういう話かすぐ理解できたはずである。ギリシャ神話が下敷きになっているからだ。

テーセウスが、迷宮の奥に住む怪物ミノタウロスを退治しようと迷宮に入るとき、迷宮に迷わないようにとアリアドネは糸を渡す。これが”アリアドネの糸”である。テーセウスがミノタウロスを殺した後、二人は海に出て、ナクソス島に着く。

ところがここナクソス島でアリアドネは悪阻にかかり病に伏す。そんなアリアドネからテーセウスは逃げてしまう。(えらく無責任な男であることよ。ギリシャの昔から男は女から逃げたがったらしい。)

ナクソス島に一人置き去りにされたアリアドネは絶望し、死を願う。このオペラの第2幕は、ここから始まる。だから、このオペラは「ナクソス島に置き去りにされたアリアドネ」といった方がスンナリ理解できる。

アリアドネの哀しみの歌から第2幕が始まるわけだが、喜劇団のツェルビネッタは「男はみんな勝手なもの」とからかう。これで悲劇と喜劇の同時進行となるのかどうか。ツェルビネッタをはじめとする喜劇役者たちの役割は道化と同じである。

現在上演されているのは改訂版で、1912年に初演された時のものとは違う。初演時にはモリエールの「町人貴族」が劇中劇として演じられた。これなら悲劇と喜劇の同時進行である。

現行のバージョンは喜劇役者は従で、アリアドネの悲嘆とロマンスを盛り上げる役割を果たす。この方がわかりやすい。初演時のものはDVDで発売されているので興味が起きるが、海外版であり日本語に翻訳されていないので難がある。

「ナクソス島のアリアドネ」は面白い感動的なオペラである。機会があればもう一度観てみたい。

→→ ということで、チケットぴあで検索すると、11月23日~27日に二期会の公演がある。どうしようか? ……多分というか、きっと、行く。

(データ)

指揮:マレク・ヤノフスキ

演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ(再演演出:カタリーナ・ストロンマー)

美術:ロルフ・グリッテンベルク

衣装:マリアン・グリッテンベルク (洒落ていた。)

<歌手>

テノール歌手/バッカス:ステファン・グールド

プリマドンナ/アリアドネ:グン=ブリッド・バークミン

ツェルビネッタ:ダニエラ・ファリー


(補足)

日経新聞によれば(11月4日)によれば、世界的大スターは、ステファン・グールドのみということである。

他の歌手も手堅かったですがね。ツェルビネッタだけ、やや弱かった。

最近音楽関係の本を読んでいるが、リヒャルト・シュトラウスの評価はほぼ同じで、有り余る才能を持ちながらこれに命を賭けるという必死さがない。情よりも智が優るということである。




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2016.10.22 「スターバト・マーテル」 [音楽]

2016年10月22日。14時~15時半。すみだトリフォニー・ホール。

プログラム。

ドヴォルザーク:「スターバト・マーテル」 

→「悲しみの聖母」の意味。13世紀につくられたというカトリック教会の聖歌がもとである。

演奏はハルトムート・ヘンヒェン指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団。

(ソプラノ)松田奈緒美 (アルト)池田香織 (テノール)松原友 (バリトン)久保和範
(合唱)栗友会合唱団ー(合唱指揮)栗山文昭

まぁ、ともかく、なんというのか、聴衆が少なかった。こんなに閑散としたホールは初めて。3階で聞いたが、周囲は空席で、伸び伸びしたというのか、あまり空席だらけだと気が抜けてしまう。途中、居眠りした。

ホールでの演奏には聴衆の熱気が必要ということを知った。居眠りしたのだから、演奏云々は控える。

「スターバト・マーテル」の歌詞を読むと、何か、不思議な気がする。聖母マリア信仰は本来のキリスト教にはなかったはずである。後世に付加されたもののだろうが、何故、こういう信仰が生まれたのか、文化人類学的に興味の起きるところである。
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2016.10.21 フライブルク・バロック・オーケストラ [音楽]

2016年10月21日(金)19時~21時。フライブルク・バロック・オーケストラの演奏会を聞く。

場所は、飯田橋(小石川)にあるトッパン・ホール。名前の通り凸版印刷・小石川ビルの1階にある。トッパン・ホールは2015年にサントリー音楽賞を受賞した。座席数は408。ワンフロアー。座席の座り心地はいい。

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今回の目的は、このトッパン・ホールで演奏を聞くことで、演奏家の方は二の次だった。演奏家には申し訳ないけど。

フライブルク・バロック・オーケストラはその名の通りフライブルクに本拠を置く古楽オーケストラである。フライブルクはフランス・スイスに近い地点にある。ギーレン指揮の南西ドイツ放送交響楽団がCDでおなじみだが、このフライブルクにある。

フライブルク・バロック・オーケストラは古楽オケなので、古楽器、古楽奏法で演奏する。チューニングが大変なのか、曲が終わるごとに長々と音を合わせていた。全員黒ずくめの服装で、立姿で演奏した。そういえば、先日のドレスデン国立歌劇場室内管弦楽団も立ったままで演奏していた。

プログラム。

(前半)

①ヴィヴァルディ:歌劇「オリュンピアス」より序曲

②J・S・バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番 BWV1042

③ヘンデル:合奏協奏曲 Op6-11

(後半)

④ヴィヴァルディ:シンフォニア<聖なる墓にて>

⑤J・S・バッハ:3つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1064R

⑥コレッリ:合奏協奏曲 Op6-1

(アンコール)

 ヘンデル:合奏協奏曲 Op6-10より
   第5楽章
  &第6楽章

バロック音楽はめったに聞かないが、聞くとしてもBGMとしてである。気持ち良ければそれでいい。コンサートホールで聞くのは窮屈な気がする。大体曲の違いがわからなくなり、みんな同じような曲に聞こえる。

音楽監督のゴットフリート・フォン・デア・ゴルツは厳めしくとっつきにくい。もう一人の音楽監督のペトラ・ミュレヤンスは表情豊かで親しみやすい。

古楽器を間近に見、間近に聞けた。(座席は前列から3番目。)これでヨシとしよう。




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2016.10.18 森麻季&ドレスデン国立歌劇場室内管弦楽団 [音楽]

2016年10月18日(火曜日)19時~21時。森麻季&ドレスデン国立歌劇場室内管弦楽団の演奏会を聞く。東京オペラシティ・ホール。

座席1階19列右側。支出額、チケット代9100円+チケットぴあ手数料324円、総額9424円也。

コンサート名からはジョイント・コンサートのように思えるが、実際はドレスデン国立歌劇場室内管弦楽団のコンサートに森麻季がゲスト出演したように見える。森麻季はアンコールを含めると7曲歌ったが。森麻季の名を最初に出したのは集客力があるからだろう。

それはともかく、素晴らしいコンサートだった。

プログラム。

(前半)

シューベルト:アヴェ・マリア(森 歌唱)

②マスカーニ:アヴェ・マリア(森 歌唱)これはマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」の有名な間奏曲を歌にしたもの。

③パッヘルベル:カノン(オケのみ)

④J・S・バッハ/グノー:アヴェ・マリア(森 歌唱)

⑤モーツァルト:ディヴェルティメント K136 (オケのみ)

(後半)

ヘンデル:歌劇「リナルド」より”涙の流れるままに” (森 歌唱)

⑦ヘンデル:歌劇「エジプトのジューリオ・チェーザレ」より”つらい運命に涙はあふれ” (森 歌唱)

⑧J・S・バッハ:G線上のアリア (オケのみ)

⑨プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より”私のお父さん” (森 歌唱)

 (ここで森麻季のアンコールがあり、ヨハン・シュトラウス二世の喜歌劇「こうもり」第2幕より”公爵さま あなたのような方は”を歌う。 コロラトゥーラの魅力を発揮した。)

⑩モーツァルト:交響曲第29番 (オケのみ)

(アンコール)

 1.”ふるさと” 日本の唱歌。厳かに始まり、何の曲かと思っていたら、指揮者が客席の方に振り向いて、おなじみの”ふるさと”を演奏し始めた。歌詞を知っている人は歌いました。サービス精神旺盛。

 2.ハイドン「告別」より 美しいメロディーである。最初は曲がわからなかったが、途中から演奏者がステージから去っていくので「告別」だとわかった。場内の照明もだんだんに落とした。これでコンサートが終わる。

ドレスデン国立歌劇場室内管弦楽団ときいて、ドレスデン・シュターツカペレとの関係が気になった。やはりドレスデン・シュターツカペレの楽団員で構成されている。もっとも本体のドレスデン・シュターツカペレが来日し公演を行うのは来月である。

指揮者はヘルムート・ブラニー。シュターツカペレ・ドレスデンの現役のコントラバス奏者である。長年、古楽奏法を研究してきたという。

ということで、古楽奏法で演奏したが、ゴツゴツしたり、流れが滞るということがなく、快適に進行する。それにドレスデン国立歌劇場室内管弦楽団の音が素晴らしい。美音である。こんなに美しいオケの音は聞いたことがない。同じような楽器で、どうしてこういう音が出るのだろうか? マジックだ。

快き一夜だった。
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2016.10.16 マリインスキー歌劇場「エフゲニー・オネーギン」 [音楽]

2016年10月15日。14時10分~18時。東京文化会館。ワレリー・ゲルギエフ=マリインスキー歌劇場による、チャイコフスキーのオペラ「エフゲニー・オネーギン」をきく。

座席は1階中央左側。12列目。この座席はオケと歌のバランスが良かった。オペラもバレエもいい座席で見るべし。チケット代は高額だが……。

もともと最近はオペラには無関心だったので歌手の名前は全然知らないが、パンフレットを読む限り、新人、若手を起用したようである。もともとチャイコフスキーは初演にモスクワ音楽院の生徒を望んだという。ドラマの内容からいって訳知りの世代はまずいということである。

(エフゲニー・オネーギン)ロマン・ブルデンコ

(タチヤーナ)エカテリーナ・ゴンチャロワ

(レンスキー)ディミトリー・コルチャック

(オルガ)ユリア・マトーチュキナ

「エフゲニー・オネーギン」は以前一回ビデオで見たことがあるだけ。予習のためCDを聞いても面白くない。しかし、第1幕の手紙の場から興に乗り始め、第2幕、第3幕と続いた。やはり、オケが雄弁だった。

演出は、アレクセイ・ステパニュクで、冒頭の、彫像のような動きのない舞台姿には驚いたし、何故?という疑問も起きる。(今でもわからない。)第3幕の舞踏会の場面では登場人物は機械人形のような動きを見せる。一人、エフゲニー・オネーギンだけが普通の動作である。オネーギンがいかに世間から浮いた存在であるかを表現したものと理解した。

第3幕のクライマックスのオネーギンとタチヤーナの二重唱はカーテンの前で歌われた。いつカーテンが上がるのかと思っていたらそのまま。カーテンが上がったら霧の風景で、オネーギンが霧の中に消えて、ジ・エンド。二人の歌に集中できました。

ゲルギエフは新人を多くステージに乗せた、実力を瀬踏みする意味があったのだろう。

有望株は、オルガを歌ったユリア・マトーチュキナ。オネーギンを歌ったロマン・ブルデンコもいい。レンスキーを演じたディミトリー・ゴルチャックはもうすでに活躍しているという。ベルカント・テノールで第2幕の「わが青春の輝ける日よ」は素晴らしかった。タチヤーナを歌ったエカテリーナ・ゴンチャロワはリリック・ソプラノ。スマートでオペラ歌手的体形。
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2016.10.15 ゲルギエフ/マリインスキー歌劇場管弦楽団演奏会 [旅行]

2016年10月15日。19時05分~21時40分。東京文化会館でワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団の演奏会を聞く。オール・チャイコフスキー・プログラム。

座席は1階22列、中央通路の後ろでやや右側。

プログラム。オール・チャイコフスキー。(アンコールは違った。)

①幻想的序曲「ロミオとジュリエット

ピアノ協奏曲第1番(独奏:アレクサンダー・マロフィーエフ)

(アンコール)メトネル 2つのおとぎ話より Op21-1と20-2の2曲

③交響曲第5番

(アンコール)メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」よりスケルツォ

15日は、ゲルギエフ=マリインスキー歌劇場管弦楽団は12時から「エフゲニー・オネーギン」を上演しているので、一日にオペラと管弦楽演奏会と2回演奏したことになる。タフですね。

入口で、終演予定が21時15分と掲示されていたが、通らしい人が「これはあくまで予定だからね。」と話し合っていた。これを聞いて終演時間が遅くなると予想した。演奏会もロシア時間?になるのだろう。もっともゲルギエフは遅刻の常習者だそうで、その分終了時間も遅くなる。

マリインスキー歌劇場管弦楽団は今ではどこもそうだが、女性メンバーが多い。ダブルバスが7人、第1Vnが13人。弦は重そう。ダブルバスとチェロが左側で昔の並び方である。

ワレリー・ゲルギエフは結構白いものが目立ち始めている。写真よりも老けて見える。指揮台を利用せず、指揮棒も使わなかった。

①幻想序曲「ロメオとジュリエット」は甘美な部分と激しい部分の対比が面白く、この特徴は交響曲第5番の演奏でなお強烈になる。マリインスキー歌劇場管弦団は弦は厚みがあり、特に低音がいい。金管は少し気になる。

②ピアノ協奏曲を弾いたアレクサンダー・マロフィーエフは2001年生まれだから今年15歳である。ステージに登場する姿を見ると、小6ぐらいにしか見えない。冒頭の音を聞いた時は、これはイケるかなと思った。そのあとがどうも思わしくない。練れてないというのか流れをつくれなかったようである。私は乗れないままに終わったが拍手は盛大だった。相性が悪かったのだろう。
アンコールで弾いたメトネルの2曲は伸び伸びとして、これは良かった。

③交響曲第5番。この曲のヘソは第2楽章で、第2楽章さえきちんと演奏されていればそれで満足であるが、なかなか思うような演奏に巡り合えない。ゲルギエフの指揮は甘美な部分はゆったりと、アクセントをつける部分は強烈で、その配分の妙が素晴らしかく忘れがたい演奏となった。

この日は12時から「エフゲニー・オネーギン」を上演したあとの夜のコンサートで、お疲れだろうからアンコールはなしと早合点していた。席を立とうとした時にアンコールが始まったので驚いた。曲目はチャイコフスキーではなく、メンデルスゾーン。スケルツォで飛び跳ねるような曲だからゲルギエフによく似合う。タフですなぁ。









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2016.10.14 読響名曲シリーズ ベト8 [音楽]

2016年10月14日。19時~20時50分。サントリーホールで読売日本交響楽団の名曲シリーズを聞く。指揮はシルヴァン・カンブルラン。

10日に聞いたカンブルランの「グレイト」が滅法面白かったので急遽チケットを買い求めた。

支出額。チケット代7500円+チケットぴあ手数料324円、総支出額7824円也。

席は1階前列(11列目)中央。カンブルランの指揮ぶりがよくわかる。前回はホールが違うが19列目だったが、比較すると、弦がよく聞こえた。第1Vn8人、コントラバス4人で小編成だったが。

プログラム。

(前半)

①シューベルト 劇音楽「ロザムンデ」序曲

②ベルリオーズ 「夏の夜」 (独唱:カレン・カーギル)

(後半)

③シューベルト 劇音楽「ロザムンデ」から 

  a. 間奏曲第3番
  b. バレエ音楽第2番

④ベートーヴェン 交響曲第8番

シューベルトの「ロザムンデ」が前半、後半と分解されてしまっているが、前半、後半の演奏時間のバランスをとるため。標準演奏時間は前半も後半も共に約41分である。

どういうわけか、この演奏会のチケットは売れなかった。空席が目立った。19日に行われる演奏会のチケットは完売だが、こちらは五嶋みどりが登場するから。曲目はゴツイのに。来月の定期演奏会のチケットも完売で、こちらはポゴレリッチが弾くから。人気ソリストが登場するといかに違うかがよくわかる。

シューベルトはピリオド的演奏で、今ではこれが標準になった。有名な間奏曲第3番は昔はクラシック番組のテーマ音楽だった。前半、後半と分けられたせいか、まとまった印象は残らない。

ベルリオーズの「夏の夜」はロマンティックで美しい曲だが、どういうわけか、何にも感じない。たぶん、演奏会が始まる前にプログラムにあったゴーティエの詩を読んだからである。青春の詩そのものだが、今では歯が浮くようで恥ずかしく思える。学生時代にはこういう詩に夢中になった。それとともに苦い思い出もよみがえった。なんで……あんな……と思うと、音楽の溶け込めなくなった。私の個人的事情によるものだから、演奏云々は差し控える。

ベートーヴェンの第8は快演だった。「グレイト」を聞いた時に予想した通りだった。(だから、チケットを購入したということだ。)
特に第2楽章、第3楽章が素晴らしかった。第4楽章の終結部は締め上げたというのか、強烈に引き絞っていた。



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2016.1010 読響 「グレイト」 [雑感]

2016年10月10日。14時~16時10分。みなとみらいホールで読売日本交響楽団の名曲シリーズを聞く。指揮は常任指揮者のシルヴァン・カンブルラン。聞くのは初めて。

座席は一階前側。指揮者の真後ろ。支出額6500円。(ホールで切符を買い求めたので手数料なし。)

プログラム。

①ラモー 「カストールとポリュックス」組曲

モーツァルト ピアノ協奏曲第15番 (独奏:マルティン・シュタットフェルト)

 (アンコール)ショパン 練習曲「エオリアン・ハープ」

シューベルト 交響曲第8番「グレイト

バロック→古典派→ロマン派と並べたように思える。

ラモーの曲については知らない曲だったので演奏云々は控える。カンブルランは指揮棒なしで指揮していた。シューベルトの時には指揮棒を持っていた。ラモーの時代には指揮棒はなかったからということか、あるいは小編成で指揮棒を持つ必要がなかったからか……。(指揮者が指揮棒を持つようになったのは19世紀に入ってからで、ラモーは18世紀前中期の作曲家である。)

モーツァルトのピアノ協奏曲を弾いたマルティン・シュタットフェルトは長身痩躯。指が長いので楽に弾いていた。音は美音。柔らかい。これは快かった。

シューベルトの「グレイト」は以前は第9番だった。第8というと「未完成」だった。番号が変わって戸惑う。カンブルランの指揮はリズミカルで快速、軽快。昔のドイツ的演奏とは程遠いが、これはこれでめっぽう面白く感心した。第2楽章は、行進曲に聞こえた。読響の音には瑕疵があったと思うが、興に乗ると気にならなくなる。

カンブルランの指揮は風通しがよく爽やかである。名演派というより快演派である。演奏会が終わった後も気分爽快。また、聞きに行きたい。

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2016.10.09 ムター 協奏曲の夕べ [音楽]

2016年10月9日。16時~18時10分。アンネ=ゾフィー・ムターの演奏会を聞く。サントリーホール。サントリーホールの開館30周年記念の一つで、ムターの演奏会は4日、5日、7日と開かれてきた。9日が最終日で、協奏曲の夕べだった。

管弦楽は新日本フィルハーモニー。指揮はクリスティアン・マチェラル。

今回の支出額。チケット代20000円+イープラス手数料210円+発券手数料108円で総額20324円。

節約ムードの御時勢で、こういう金額だとホールは埋まらない。結構空席があった。

プログラム。

①ペンデレッキ ヴァイオリン・ソロのための「ラ・フォリア」(日本初演)

フォーレ パヴァーヌ (これはオケのみの演奏)

③モレ 「夢の中で」 ヴァイオリンと室内オーケストラのための (日本初演)

ブラームス ヴァイオリン協奏曲

(アンコール) バッハ パルティータ第2番より「ジーグ」

ペンデレッキの曲は、ヴァイオリン・ソロで、つまり無伴奏曲。ムターが登場すると、いきなりピチカートが始まって、何してるの?と思ったら、曲がすでに始まっていた(らしい。)無伴奏曲だから、バッハもバルトークも何も、違いがわからない。みんな、同じように聞こえる。

この後、フォーレの「パヴァーヌ」をオケだけで演奏。ムターの休憩の穴埋めと思われる。それにペンデレッキで生じた頭痛を癒すため?だったのかもしれない。

クリスティアン・マチェラルは2014年にゲオルク・ショルティ指揮者賞を受賞した新進である。ブラームスの協奏曲のサポートを含めて判断するところ、手堅いけど特色がない。今のところ、標準的な指揮にとどまる。

モレの「夢の中で」は、ガチカチの現代曲。旋律がない(ように感じる。)どうしてこういう曲が作曲できるのか、理解しがたい。チェレスタの音だけが耳に残る。曲名が間違っているんじゃないの。「悪夢の中で」としてもらいたい。

ブラームスの協奏曲は、ムターの貫録勝ち。オケが引っ込んで聞こえた。実際はそんなことはないのだろうが、人間の耳は音を拾い集中できるから、こういう現象が起きる。ムターに対抗できたのは第2楽章のオーボエだけ。

ムターは、ステージの仕草振る舞いも大家然として落ち着いていた。こうなると必然的に大物に見える。日本のアーティストも学んでほしい。
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2016.10.06 N響特別演奏会 マーラー交響曲第3番 [音楽]

2016年10月6日。19時~20時40分。サントリーホールでパーヴォ・ヤルヴィ=NHK交響楽団の特別演奏会を聞く。

座席は2階中央前列。チケット代15000円+イープラス手数料216円+発券手数料108円、総支出額15324円也。

N響90周年&サントリーホール30周年を記念する演奏会だった。

曲目は、マーラーの交響曲第3番。標準演奏時間は100分(1時間40分)かかるので、これ1曲のみ。かってはギネスブックに最も長い交響曲として紹介されていた。

途中休憩なし。こういう時に守るべきこと。

①遅刻しない。遅刻したら自分の席に座れない。後ろで聞く羽目になる。

②水分は控える。開演前にトイレに行くことはもちろんだ。

第1部が終わった時に少し間があり、遅刻した人がいるかどうか見まわしたが、座席に移動した人は一人だけだった。聴衆もベテラン?でした。N響の演奏会は古参の聴衆が多く、客席もタルミがない。真剣勝負のような演奏会になる。

独唱は、ミシェル・デ・ヤング(メゾ・ソプラノ)。
合唱は、東京音楽大学合唱団、NHK東京児童合唱団。

でも、独唱、合唱とも出番は少ない。合唱団は最初からステージ後方の座席に座っていた。独唱は第2部から舞台に出てきた。もっともオケの右後方で歌ったので、右側の座席の人は見えなかっただろう。合唱団も出番が少ないと緊張するのだろう。特に子供は。一人体調を崩した。先日の演奏会でも見たことがある。

ヤルヴィ=N響のマーラーは先月「千人の交響曲」を聞いて失望した。席が悪かったのだろう、音が干からびて聞こえたのである。

本日の演奏会は? 冒頭を聞いた時、厚みのある音で全然違うと感じた。演奏会はホールと席によって聞こえ方が全く違う。

マーラーの第3交響曲は二部構成で全6楽章。レコードでも聞いたことがなく、ぶっつけ本番である。1&2楽章が第一部で33分ぐらい。乗れない曲で我慢会かと覚悟した。第2楽章は行進曲風で、「スターウォーズ」を思い出した。

諦め?ていたところ、第3楽章のポストホルンの演奏が美しく、これは、と思い直した。このポストホルンはステージ裏で吹いていたのだが、知らなくて、誰が吹いているのかと、ステージを何度か見まわした。曲に入り込めるようになったのはこの当たりから。

第4楽章で、やっとミシェル・デ・ヤングの出番となる。歌詞はニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」からである。”深い真夜中は何を語っているのか?”の一節で、ニーチェを読んだ昔を思い出した。

ミシェル・デ・ヤングは巨躯で、ヘアスタイルはヒッピー風のチリチリパーマだから、通りでこの巨体を見かけたら避けて逃げるだろう。しかし、芸術には関係なし。大変に深い声で聞き惚れた。

第5楽章でやっと児童合唱団の出番があったが、記憶に残らない。第6楽章はゆったりとした美しい旋律で、ブラームスを思い出させるものがある。曲の構成からいうとチャイコフスキーの「悲愴」を思い出すが、「悲愴」のような消えてなくなる終わり方ではなく、クライマックスはティンパニー2台が派手に打ち鳴らして決める。終結部の直前にはN響も疲れていたように聞こえたが、最後は残りの力を全部出して?重量感のある音を出していた。

N響の音は厚く重量感があることを確認できた。

こういう演奏を何と言っていいのか。感動したが、湧き上がるような感動ではなく、重くずっしりとした感動である。大長編小説を読んだ後のような感動だった。


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