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広上淳一=京都市交響楽団コンサート [音楽]

日時:2017年9月18日 18時~
場所:サントリーホール

指揮:広上淳一
管弦楽:京都市交響楽団

曲目:①武満徹 「フロム・ミー・フローズ・ホワット・ユー・コール・タイム」~5人の打楽器奏者とオーケストラのための~
   ②ラフマニノフ 交響曲第2番

午後の東京芸術劇場から夜のサントリーホールへ。

第46回サントリー音楽賞受賞記念コンサートだった。広上淳一=京都市交響楽団のコンビで受賞したのである。

広上淳一の指揮を見るのは初めてである。面白い(というか、ふざけているように見える)指揮をする人だよと知人が言っていたが、その通りだった。指揮台での動きが激しい。上岡敏之も激しかったが、まだオケに指示を出していることが分かるので、ついて行ける。広上の指揮はオケに対する指示がわかりにくいので、指揮台で動き回っているだけとしか見えないが、京都市交響楽団の演奏は充実していた。

武満の曲。

ホールにはいったとき、ステージの前面に見慣れない打楽器が置かれ、これは異様だった。チベット音楽でも聴くのかと思った。

今思い出しても、これが音楽かと思う。音楽は音を聴くのが普通だが、この曲は、音の余韻を聴く。凸凹でいえば凸を聴くのが普通の音楽、この曲では凹を聴いた。

耳に余韻が残る。お寺にいるような気分になった。

武満徹は交響曲を書かなかった。なぜ書かないと池辺晋一郎がきくと、アレグロが書けないからと答えたそうだ。そういう作曲家なのだ。

後半のラフマニノフは凸音楽である。大凸音楽。全曲を聴いたのは初めて。いつも、第3楽章しか聴かない。youtubeでプレヴィン=N響の名演奏を見ることができるが、これは恋愛映画にふさわしい。恋愛映画にふさわしいクラシックというと、マーラーの交響曲第5番第4楽章か、ラフマニノフの交響曲第2番第3楽章がまずあげられる。

この第3楽章以外はというと、やはり後期ロマン派の曲だという印象。第3楽章だけでいい気がする。一度だけで勘弁して欲しい。



日フィル サンデーコンサート [音楽]

日時:2017年9月18日 14時~
場所:東京芸術劇場

指揮:下野竜也
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団

曲目:①モーツァルト ピアノ協奏曲第23番(ピアノ:キム・ヒョンジュン)
      アンコール:プロコフィエフ 「四つの小品」より”悪魔的暗示”

   ②モーツァルト ミサ曲ハ短調<大ミサ曲> ソプラノ:石橋栄実 隠岐彩夏 
                        テノール:小原啓楼
                        バリトン:宮本益光

ピリオド系の演奏スタイルではなく、昔ながらの安心して?聴ける演奏だった。23番は、秋にふさわしい曲で、特に第2楽章は心にしみるものがある。紅葉の中を一人散策する時はこの曲がベストだ。

演奏は安心して聴けたが、どこか腰が重たい。第3楽章は躍動感が欲しかった。アンコールは、プロコフィエフの超絶技巧曲だったが、女流の限界を感じた。

<大ミサ曲>は未完の作品ということである。キリエ~ベネディクトゥスはベーレンライター版、アニュス・デイはブライトキプフ版を使用した。前半はモーツァルトらしいが、段々と普通のミサ曲になり、最後は終わったことが分からなかった…。

歌手は石橋栄実が目立った。下野竜也の指揮は初めて聴いた。今年の正月に旅行で一緒になった人が下野の指揮を褒めていた。重厚な演奏をするタイプに思えるが、判断保留。
タグ:下野竜也

N響定期公演 ショスタコーヴィチ [音楽]

日時:2017年9月16日
場所:NHKホール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
管弦楽:NHK交響楽団

曲目:ショスタコーヴィチ交響曲第7番「レニングラード」

ショスタコーヴィチ交響曲第7番のイメージはよろしくない。戦時中の戦争プロパガンダ音楽という先入観が邪魔をしている。初演は、ソ連全国にラジオ放送され、すぐさまアメリカでもトスカニーニによって初演された。反ファシズム音楽と理解された。

そもそも、私がクラシック音楽に親しみだした60年頃は、ショスタコーヴィチやプロコフィエフは古めかしい音楽とされていた。当時の先端の音楽は、ブーレーズとかヴァレーズ、ノーノだったと思う。

あれから半世紀がたち、今のプログラムを眺めると、古めかしかったはずのショスタコーヴィチやプロコフィエフの名前はあるが、当時の最新の音楽は演奏されない。どうなっているのかと思うことがある。

プロの音楽家はともかくも、一般の聴衆が受容できる音楽には限界がある。今では、ショスタコーヴィチを最後のクラシック作曲家と言う人もいる。ショスタコーヴィチが死んだのは1975年である。それから40年以上が経過している。これが正しいとすると、クラシック音楽は既に「骨董」音楽になっている、ということである。

古い音楽はきき飽き、新しい音楽には馴染めないとすると、何を聴いたらいい?

毎度毎度、古い音楽を聴くとすれば、既にその音楽には”情報”はない。聴き慣れた旋律が耳を通過するだけである。

それがいいのかもしれない。

今は亡くなった人が毎日テレビ時代劇を見ていた。飽きないのかと問うと、何も情報がないから気易くていいと答えた。高齢者は新しい情報を受け付けたくない。疲れるだけだからである。自分がクラシックを聴くのはその類いであるのだろう。

ショスタコーヴィチ交響曲第7番をコンサートで聴くのは初めてである。第1楽章のしつこい反復にはまいったが、「ボレロ」の影響らしい。静かに終わる。

第2楽章、第3楽章も、美しいと思う。荒々しさがないのが不思議だ。第4楽章の終結部はさすがに盛り上がる。こうやれば聴衆は感動するだろうという、職人芸を発揮しているようである。

ヤルヴィ=N響の演奏は快演だった。最後の祝祭的な全合奏は突出していた。日本の他の交響楽団にはないものだ。聴いたのは、1500円也の自由席で。一番上の最奥だが、音の溜りがよく、聞きやすい。



読響 土曜マチネ [音楽]

読響の土曜マチネを聴く。

日時:2017年9月16日
場所:東京芸術劇場

指揮:コルネリウス・マイスター
管弦楽:読売日本交響楽団
ピアノ:ダニール・トリフォノフ

プログラム。

①スッペ 喜歌劇「詩人と農夫」序曲

②プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番

ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」

当日券を購入して聴いた。ダニール・トリフォノフの超絶技巧に興味が起きたからだ。席は3階だったが、中央左側の席で指の動きはよく見えた。

「詩人と農夫」序曲はポピュラー・クラシックやお子様向けのコンサートで演奏される曲で、こういう本格的な?で演奏されるのは珍しい。チェロ独奏は、遠藤真理だった。アレグロや行進曲部分になると、マイスターの指揮が光る。

「詩人と農夫」は序曲が有名だが、肝心の劇本体部分は失われてしまってストーリーも分からないという。スッペぐらいの有名作曲家の作品は残っていると思っていたので、これは意外だ。

プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番は、これも初演の時の楽譜がロシア革命の混乱の中で失われた。現在演奏されているのは1923年にプロコフィエフが記憶をもとに復元した改訂版である由。
初演時には、ピアノの埃を払っているのか、メチャクチャに叩いているのか、観客にはわからなかったという。もちろん、メチャクチャに叩いているわけだ。

もちろんそれは覚悟していたので、トリフォノフの指の動きだけを見ていた。超絶技巧は見ているだけでワクワクする。

トリフォノフは写真と違ってヒゲ面だった。ステージに登場する姿は、シャイなのかどうか、動作が落ち着かない。演奏が終わっても同じで、もう少し落ち着いて貰いたいが、新進演奏家に要求するのは無理だろうか。

アンコールはプロコフィエフの「シンデレラ」よりガヴォット。

聴いた座席が違うので間違っているかも知れないが、先日聴いたダニール・ハリトーノフの方が迫力があった。それにしても、ロシアはすごいピアニストを生む国である。

(追記。トリフォノフは来日前に、ルツェルン音楽祭で、このプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番を、ゲルギエフ=マリインスキー劇場管をバックに弾いていた。←「音楽の友」10月号の記事から。)

「田園」について。マイスターの指揮ぶりから行くと、第5とか第7は似合うが、「田園」はどうかな?と思っていた。第3楽章、第4楽章は問題ないだろう。第2楽章の演奏に注目した。柔軟に処理して感動的ではあった。

しかし、自分の感覚が古いせいか、ノン・ヴィブラート奏法の演奏はあとに残らない。ホールを出るとコンサートの余韻が残らない。オーラがまだ足りない。

読響は第5楽章の最後の最後で音が硬くなったことを除けば素晴らしかった。





上岡敏之=新日本フィル マーラー5番 [音楽]

上岡敏之=新日本フィルハーモニーのサントリー・ホール・シリーズを聴く。

日時:2017年9月14日
場所:サントリー・ホール

指揮:上岡敏之
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

プログラム:

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番(ピアノ:デジュー・ラーンキ)

マーラー 交響曲第5番

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番はマーラーの”前座”としては重たすぎた。この曲と第5交響曲を連続して聴くのは体力が要る。若ければいいけど…。

デジュー・ラーンキのピアノは第1楽章は盛り上がっていた。カデンツァは良かった。その後は?
アンコールを弾くかと思ったが、5回ステージの登場して終わり。普通、3回目でアンコールが始まる。どうしたんだろう。

マーラーの交響曲第5番については、上岡敏之の指揮がわかりやすかった。この交響曲の第3楽章「スケルツォ」はゴチャゴチャして混乱しているようにしか聞こえないが、上岡の指揮はよく整理されていて、スンナリ耳に入った。

こういうことは、CDでは分からない。DVDでも個々の奏者や指揮者のクローズアップで画面が分断されるから分かりにくい。ホールの中で、指揮者とオケを俯瞰して初めて分かることである。

上岡敏之の指揮ぶりは、やはり、小澤征爾の若いときに似ているのではないだろうか。もう記憶もおぼろで断言できないが、指揮台で跳びまわる姿は似ている気がする。真後ろで見ていたが、少々品がない。一度、ステージの背後の座席で見てみたい。また印象が変わるかも知れない。

第5楽章にはいると、突然頭の中が真っ白になった。スタミナ切れである。壮麗な管弦楽の音は聞こえたが、無感覚になった。

新日本フィルの音は、迫力はあるが荒削り。この印象は変わらなかった。

八雲を歩く [旅行]

北海道八雲市内を歩く。

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簡易裁判所である。

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簡易裁判所の隣が検察庁。全然検察疔らしくない。

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なお八雲神社を目指して歩く。

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空き地があるのは仕方ない。

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花々を見る。最近は、こういうのを見ると、立ち止まってしまう。いつも思うが、北海道の花は鮮やかである。気候のためだろうか。

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八雲神社に着く。参道は素晴らしい。

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参道から見ると素晴らしいが、拝殿の横は空き地である。催し物の時はここが利用されるのだろう。

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一部日本庭園風である。

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駅に向い戻る。

これは戦前の建物。

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(国立)八雲病院。2階建て。

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都響 「天地創造」 [音楽]

名曲名演の一夜だった。

曲目:ハイドン作曲 オラトリオ「天地創造」

日時:2017年9月11日
場所:サントリーホール

指揮:大野和士
管弦楽:東京都交響楽団

ソプラノ:林正子
テノール:吉田浩之
バリトン:ディートリヒ・ヘンシェル
合唱:スウェーデン放送合唱団
合唱指揮:ペーター・ダイクストラ


ともかくも、まず、改修後のサントリー・ホールが気になった。ホール内をうろついた。念願?のトイレ増設された…(らしい)。ステージも新しく張り替えられた。椅子も張り替えられた。とはいえ、腰が痛くなった。

音響効果は変わっていないと思う。(変わったら大変だ。)

9日にみなとみらいホールで聴いたあとなので、比較ができる。この演奏をみなとみらいホールで聴いたらどうなるかを想像した。もう少し乾いた音になったはずだ。

サントリーホールで聴くと、ほんと、まろやかブレンド、である。

大野和士指揮の都響の演奏が秀逸だった。こういう演奏なら、毎日に聴きたい。(金が足りない!)

声楽曲を聴くことは希で「天地創造」も初めて聴いた。素晴らしい。声楽曲で再度聴きたいと思った曲はバッハの「ロ短調ミサ曲」があるが、この曲も付け加えよう。


……

感動したとは言うものの、キリスト教徒ではないし、このオラトリオの歌詞に同感したわけではない。神がこの天地を創造した7日間を描写する。昔々の、おとぎ話、ハイドンの時代はまだ聖書の記述がそのまま信じられいたのだろう。

我々の科学的知識ではこういう話はまともに受け止められない。時代の差異がある。

中身は受け付けない。しかし、音楽には感動する。これはどういうことなのだろうか。過去は過去として尊重する態度をとる、というしかない。

さて、そういう態度がいつまで持続できるかというと、かなりあやしい。時代の変わり方が急だからだ。


八雲 梅村庭園 [旅行]

八雲に日本庭園がある。梅村庭園という。名前から想像がつくように元々は個人の庭園だった。

北海道で日本庭園というのは珍しい。雪国なので庭園の維持管理が大変だ。

八雲駅から歩いて10分ほどで梅村庭園に着いた。

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確かに中は池泉回遊式の日本庭園である。

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蓮が咲いていた。

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家の中も公開されている。

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きちんと管理されていて、庭は手入れの最中だった。

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美しい庭園だが、訪れる一は希だろう。紅葉の頃はもっと素晴らしいと管理人が言っていた。

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タグ:梅村庭園

八雲駅 [旅行]

函館本線に八雲駅がある。函館駅から特急に乗ると、八雲駅の一つ手前の森駅はイカめし弁当、一つあとの長万部駅はカニめし弁当と名物があるが、八雲駅は名物がない。目立たない駅である。

森駅ではイカめし弁当を売る駅弁売りの姿を見た。駅弁売りがまだいるのかと懐かしかった。今年はイカが大不良で”白いダイヤ”と呼ばれている。イカを緊急輸入する有様である。森駅のイカめし弁当も600円から780円に値上げされた。

これが八雲駅。

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駅前

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八雲駅でおりてはみたものの、どこへ行こうかと、地図の看板を見る。目的地がない旅行である。街の風景が気になる。

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北海道の比較的大きな街の印象は変わらない。建物は3階建てぐらいまでで高さがない。道路は碁盤目上に延びている。

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日本庭園があると言うことで、そちらへ向い歩く。

タグ:八雲駅

神奈川フィル 定期演奏会 [音楽]

神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会を聴く。9月9日みなとみらいホール。

指揮は外山雄三だった。失礼ながら、外山雄三の名前を読んだとき、まだ生きていたのか、と思った。初めて外山雄三の名を聞いたのがNHK交響楽団の世界ツアーをした1960年である。57年前になる。この時、中村紘子が振袖姿でショパンのピアノ協奏曲第1番を弾いた。この時の様子はテレビ放映されたので覚えている。中村紘子が亡くなってから早1年が過ぎた。だから、外山雄三もとっくに亡くなっているだろうと錯覚した。

外山雄三がステージの登場したとき、ジェントルマンだと思った。四角四面というか、こんなに律儀なお辞儀の仕方があるものかと感心した。驚くべきは、演奏が終わってもお辞儀の仕方が変わらない。もう86歳だと言うから息が切れてもおかしくないが、登場したときと全く同じお辞儀をした。これはもう驚異の体力である。

1931年生まれだから、戦前の学校で厳しく躾けられたのだろう。その躾が体の中にしみこんでいるらしい。

プログラム。

①外山雄三 オーケストラのための”玄奥”

シューベルト 交響曲第7番「未完成」

③プロコフィエフ 交響曲第5番

①の外山雄三の作品は、諏訪交響楽団のために作曲されたもので、2015年に初演された。諏訪地方の民謡らしいものが響く。現代風の作品ではないので聴きやすい。

②シューベルトの「未完成」はゆったりとしたテンポで大柄な演奏だった。オケがもっときちんとついていけば名演になっただろう。神フィルの音は硬い。個々の奏者の技量はあるが、音がまとまらないというか膨らまない。

③プロコフィエフは第4楽章で眠くなってしまった。もっとリズムを刻んで欲しかった。
タグ:外山雄三
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